神社情報
神社名 | 塩竈神社 |
鎮座地 | 名古屋市中川区西日置一丁目七番地十号(Googlemap) |
例大祭 | 十月九日・十日 |
創 建 | 慶長十五年(1610年) |
御祭神 | 塩土神 武甕槌神 経津主神 |
旧社格 | 指定村社 |
神名帳 | ー |
境内社
境内社 | 無三殿社 秋葉社 神明社 津島社 白光龍神 塩玉稲荷社 靖霊社 |
文化財
国 宝 | ー |
国指定 | ー |
県指定 | ー |
市指定 町指定 村指定 | ー |
参拝情報
御朱印 | 〇 |
URL | ー |
駐車場 | 〇 |
参拝日 | 2022-4-27 |
御由緒
慶長十五年(1610年)から始まった名古屋城築城に際し、「岩田藤忠」なる武将が奥州一之宮である塩竈大明神を勧請奉斎したのが起源であるとしています。
この岩田藤忠なる武将なんですが、愛知県神社名鑑では尾張藩士であるとしていますが、その他の由緒などを調べると奥州の武将であるともしています。岩田藤忠をGoogle先生に尋ねてみてもこの塩竈神社の由緒などがHITするだけで正直どんな人物なのかは探し当てる事はできませんでした。さらに色々調べてみると、名古屋城築城は徳川家康の天下普請によってえ築城されている訳ですが、築城に関わっている大名は基本的に西国大名になっていて奥州の大名は参加していないんですよね。大名が参加していないのに、一武将が個人的にやってくるとはとても思えないので、奥州の武将っていう線はかなり厳しいんじゃないかとは思います。かといって、一藩士の立場で奥州から塩竈大明神を勧請して社を建立するっていうのもどうなの?っていう気もしないではないですが、もしかしたら岩田藤忠はこの日置地域を治める代官的な地位にあって、自らの産土神的な感じで勧請したのが塩竈神社の始まりなのかもしれません。まあ、この辺りは自分の100%妄想なので真偽は不明ですが。
また、堀川を掘削したとする福島正則が手洗盤を寄進したとされ、現在でも祈祷者用の手水に使用されているそうです。熱田から名古屋城下までつなぐ堀川の掘削を奉行として行っていた福島正則ですので、もしかしたら堀川沿いに鎮座する神社に堀川の無事開通を祈願して廻っていたのかもしれませんね。
慶長十五年(1610年)名古屋城築城に際し工事の無事遂行を祈願し尾張藩士岩田藤忠奥州一宮塩竈六所大明神を勧請して、日置古渡両部落の境、江川と笈瀬川二川の合流地畔に社地を定め奉斎する。築城関係の諸大名の崇敬特に篤く福島正則は手洗盤を寄進した。延宝年間(1673-80年)尾張藩士松平康久境内を整え社殿を改修す。文化十三年(1816年)秋百姓善蔵日置村巾に移し祀る。天保六年(1835年)九月字中田の現在地に遷し同村の氏神として奉祀し昭和五年社殿を改築造営する。昭和十一年十月一日村社に列し同年十月九日、指定社となる。昭和二十年三月の大空襲に遇い境内火の海となる宮司身を挺して防ぐその功績は末世まで讃えられる。境内社に痔病に霊験あらたかな社あり。
愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」
御祭神
- 塩土神
- 武甕槌神
- 経津主神
参拝記
前回紹介した「松重閘門/紹介記事」から少し北側の住宅地の中に鎮座しているのが今回紹介する「塩竈神社」になります。塩竈神社は江戸時代までは塩竈大明神として祀られていたはずですが、正直愛知県内ではあまり見かけない神社になるかと思います。ただ、岡崎市を拠点している自分にとっては、松平家初代松平親氏が塩竈大明神を勧請して以降、松平家の産土神として奉斎されてきた六所神社がある事から、比較的なじみのある神社であるとも言えますが、不思議なのは同じ塩竈大明神を勧請したはずなのに、現在では御祭神に違いがある事でしょうかね。
境内入口
社号標、幟立石(幟ポール)、狛犬一対、珍しい扁額が掲げられた石造神明鳥居、そしてとあるオブジェが据えられた境内入口になります。扁額が掲げられる鳥居は明神鳥居の方が圧倒的に多く、ここ塩竈神社の様に神明鳥居に扁額が掲げられている神社は自分が参拝してきた中では非常に少数派だと思います。
とあるオブジェとは、この巨大な釡になります。たぶん・・・塩竈神社の社名から「釜」を奉納したんだろうと思いますが、塩竈神社の竈は釡などを火にかける「竈(かまど)」なんですが、ここで煮炊きする訳でないのに竈を奉納してもという事で、竈繋がりで釡の造り物を奉納したんでしょうね。
狛犬
かなり高い位置に鎮座する子乗り玉乗りの狛犬一対になります。全体の造形から昭和初期生まれの狛犬だと思うのですがどうでしょうね。
番塀
今回(2022/4/27)の名古屋参拝記の中で初めて登場した尾張地区特有の構造物である石造の番兵になります。
手水舎
瓦葺木造四本柱タイプの手水舎になります。各柱に転びがつけられていて比較的安心感を感じられる造りになっていますが、屋根の重量感に対して柱が少し細いかな?って感じてしまいます。
社殿
切妻造瓦葺妻入の屋根に唐破風の向拝が設けられた拝殿を有する社殿になります。
写真には納めてなかったのですが、拝殿前にも狛犬が一対鎮座しています。境内入口の狛犬が岡崎型と呼ばれる狛犬に対して拝殿前の狛犬は難波型と呼ばれる狛犬になるそうです。
拝殿前には尾張地方の神社でよく見かける蝋燭立石も据えられています。
境内社
社殿向かって左手に境内社が並んで鎮座しています。境内社の統一感は皆無ですが、これはこれで見ごたえのある並びになっているかと思います。
無三殿社 由緒
江川・笈瀬川の合流地。無三殿いり辺りの江川、清澄にして深からずといえども古来、霊鼈(亀または河童の意)のすむところなりと称し、畏敬して汚す者なし。樋辺一巨石あり、無三殿主神と刻す。昭和九年塩竈社へ移され今日に至る。
根抜き(痔)の神様
昔からむさんど・山王橋の西北角の橋上から着物のすそを端折ってお尻を堀川に映すと、痔の悪い人は川神様が治してくれると言い伝えがあります。
胡瓜、西瓜をお供えしお願いすると霊現あらかたなりと言われています。
商売の神様
河童は客の足をひくと言われ、商売の神様。
水神様は魚貝類の商いの神様であり、特に水商売の守護神です。
子供の神様
夏の暑い盛りには、堀川の土手で子供達と水遊びや甲羅干しをして一緒に遊んだといい伝えあり。水泳上達、子供達の守護神様です。
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鎮座地を神社で確認
神社名 | 塩竈神社 |
鎮座地 | 名古屋市中川区西日置一丁目七番地十号(Googlemap) |
最寄駅 | 電車:名古屋鉄道 名古屋本線「山王駅」徒歩10分 バス:名古屋市営バス 「西日置バス停」 |