乙姫神社(蒲郡市水竹町) 西郡五社

歴史探訪

竹谷(西郡)松平氏の陣屋だった蒲形陣屋跡周辺を散策し、陣屋跡の他に、大手門跡にある十王堂、陣屋跡近くにある弘法堂を参拝してきました。

蒲形陣屋(蒲郡市本町) 西郡松平氏陣屋
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十王堂(蒲郡市本町) 蒲形陣屋大手門跡
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蒲形陣屋跡から北に700mほどの距離の所に、西郡松平氏として所縁のある神社が鎮座しています。
西郡五社にも社名を連ねている「乙姫神社」です。

神社情報

神社名:乙姫神社
鎮座地:愛知県蒲郡市水竹町下島一二一番地
御祭神:豊玉姫命、肆長津彦命、水分神
旧社格:村社
創 建:天正九年
境内社:
例大祭:十月第二日曜日
御朱印:ー
H P:ー

参拝日:2018年10月29日

御由緒

社伝に、天正九年(1581年)額田郡千万町より遷座する。旧天王社という。慶長十年(1605年)領主松平玄蕃頭の室乙姫君乳の病あり信仰する。同十四年九月二十一日の棟札に奉天照大神宮弟妃天王とある。領主清巳は刀剣、清倫は幟と次々に献進した。明治九年十一月五日、村社に列格した。大正五年十一月三日社務所を新設する。

「愛知県神社名鑑」より

松平玄蕃頭とは?


初代吉田藩主である竹谷松平氏六代目「松平家清(永禄九年(1566年)- 慶長十五年十二月二十一日(1611年2月3日)」の事を言います。
家清の正室は久松俊勝の娘で「天佳院」と言います。

どういった経緯で千万町から遷座してきたのかは不明ですし、旧社名が天王社と称していたそうですが、天王社の祭神である牛頭天王もしくは建速須佐之男命の名は見当たりませんね。

参拝記

乙姫神社は、蒲郡中央公園の東側に鎮座し、東西に走る国道247号線の新道から一本入った場所に鎮座しています。
ただ、境内入口から振り返ると・・・

国道を挟んで「FEEL」というスーパーマーケットが建っています。

社号標

少々こぶりな旧社格が彫られた社号標になります。

鳥居

扁額のない明神鳥居がお出迎え。
鳥居周辺は、蒲郡市が児童公園として整備している為、ある種公園の中にぽつんと鳥居と社号標が建っているようにも見えます。

公園を横切る感じで進んでいくと、その先に参道が続いています。

手水舎・水盤

非常に小ぶりでかわいい水盤です。柄杓を掛ける竹筒がおいてあるのですが、竹筒が非常に大きくみえますね。

社殿

切妻瓦葺平入の拝殿になります。
例祭などの祭の時には、前面の戸板をすべて取り外し開放的な拝殿になるんだと思われます。

参拝を終えて

江戸時代までは西郡松平氏の崇敬も厚かった神社ですね。
西郡五社に選ばれている所からも、この地域に住む方たちの崇敬を集めているんでしょうね。

次の目的地は?

西郡五社の一社であり、藤原俊成卿が琵琶湖より勧請したという竹島に鎮座する八百富神社を目指します。

 

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