志葉都神社(西尾市吉良町津平)

神社情報

神社名:志葉都神社
鎮座地:西尾市吉良町津平中谷三番地
御祭神:建津牧命、秋津比畔神、菅原道真
旧社格:神饌幣帛料供進指定村社
神名帳:従四位下津投明神 坐 幡豆郡
創 建:不明
境内社:御鍬社、天満社、八幡社、縣社、磯泊社、津島社、八柱社、天白社
例大祭:十月二十日
御朱印:-
H P:ー

参拝日:2018年6月4日

御由緒

創建は明らかではないが、尾張の国造稲種命の第二子建津牧命(又の名を津比良彦命)兄の建蘇美彦命と共にこの地を開拓せられた故に地名も津平という。「国内神名帳」に従四位下津平明神と記す。「神風抄」に角の平御厨とあり古くより鎮座の神社なり。明治六年九月一日、村社に列し、同四十年十月二十六日、神饌幣帛料供進指定をうけた。大正二年十月十日、字前田の磯泊社と字天神の天満社を合祀した。

愛知県神社庁 発刊
「愛知県神社名鑑」より

参拝記

西尾市立津平小学校のすぐ北側に鎮座しているのが今回紹介する志葉都神社になります。元々志葉都神社が鎮座しているあたりには、松平元康が構築を命じた津平砦があったそうで、対東条城戦線の最前線の一つになります。

元々は山に砦があった感じだったそうなのですが、現在は茶畑などを開墾の為かなり山が削られて、ちょっと丘の様な感じになっていて、往時とは地形は変わっているそうです。

この志葉都神社の付近から北西を望むと・・・

小高い山の様に見えるのが東条城址になります。
この津平砦からも藤波畷の戦いの状況がよく見えたんでしょうね。

境内入口

少しわかりにくい場所にあるんですが、志葉都神社の入口になります。

社号標

昭和十一年建立の旧社格が彫られた社号標になります。

鳥居

大正七年建立の台輪がある明神鳥居になります。

鳥居をくぐり、石段を登っていくと社殿が見えてきます。

手水舎・水盤

石段を上った先の左手に四本柱タイプの瓦葺切妻の手水舎にがあります。

狛犬

昭和三年生まれの子乗り玉乗りの狛犬一対です。

社殿

切妻瓦葺、木造平入の拝殿になります。
大棟の部分の龍の飾り瓦がなかなかの迫力です。

流造の本殿に覆殿が設けられているそうです。

 

境内社

社殿向かって右手に鎮座する御鍬社、天満社、八幡社、縣社

向かって左手に鎮座する磯泊社、津島社、八柱社、天白社

この志葉都神社の境内社には、三河国神名帳に「従五位下磯泊天神 坐 幡豆郡」と記載されている磯泊社が鎮座しています。しかし、上記写真を見てもらってもわかりますが、磯泊天神社の赤い幟が建っているんですが、よく見ると神紋から想像するに、社殿向かって右手に鎮座している天満社の幟っぽいんですよね。

神名帳に記載されている「磯泊天神」は港、水の神として祀られていたという言い伝えも残っており、天神とついてはいますが、天神社、天満社の事ではなく、港、水の神とされる速秋津比売神が祀られている磯泊社が神名帳に記載されている従五位下磯泊天神」になります。

懸魚・鬼瓦

鬼瓦と鰭付きの蕪懸魚になります。六葉が取れてしまっています。
六葉無いだけでイメージが変わって見えますね。

参拝を終えて

今でこそ、この津平というとかなり内陸というイメージなんですが、元々は、伊勢湾などからの船荷が陸揚げされる物流の拠点だったと言われています。
三河湾の物流を握ることができたから吉良氏は小さい所領でも長く続いたのかな?と考えてしまいますね。

近隣の神社


地図で鎮座地を確認

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である”天照大御神”とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

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