梅香山 縁心寺(西尾市中町) 三河新四国霊場七十一,七十二番

寺院情報

寺院名 梅香山 縁心寺
所在地 西尾市中町56
御本尊 阿弥陀如来
宗 派 浄土宗鎮西派
創 建 元和七年(1621年)
札 所 三河新四国霊場 七十一,七十二番
法然上人三河霊場 十四番札所
御朱印
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参拝日:2018年10月24日
再訪:2019年5月30日

沿革・由緒

慶長七年(1602年)西尾城主本多康俊公が父酒井左衛門尉忠次の追善の為に開創し、その戒名「先求院天誉高月縁心居士」に因み縁心寺と称し元和三年(1617年)康俊公近江国善所へ移封さるるに及び寺も彼地に随遷したが、同七年に康俊卒去せしを以て之が追善の為に再び当所へ同名の寺を建立し、康俊公の戒名「梅香院殿輝厳縁崇大居士」に因み山号院号を定む。豊橋の悟真寺第二十一世洪誉岌真大和尚を請して根本開山第一祖とせり。

境内由緒沿革誌より抜粋

徳川四天王の一人「酒井忠次」の次男が由緒に出てくる縁心寺を建立した「本多康俊」になります。因みに本多康俊の母は、松平宗家八代目「松平広忠」の妹になるそうで、広忠の長男「徳川家康」とは従兄弟になる訳です。その康俊がお国替えにより近江国善所に移る際、縁心寺も善所に移設されたとあります。

お国替えがあった場合、菩提寺を新しい転封先に移動させる事はよくあった様です。ただ、伽藍や墓石などは移動させられないので、そのまま当地に残る事になり、代わりに転封してきた大名家に追随してきた寺院(菩提寺)がその寺院跡に使用するということはよく見かけられます。
「〇〇家の菩提寺だったが△△年に転封。代わりに●●家が入封し、〇〇家の菩提寺を改称、(宗派が違う場合は改宗)させ●●家の菩提寺とした。」色々寺院の由緒を見ていくとこんな感じのフレーズによく出会います。

現在でも膳所藩主菩提寺「梅香山縁心寺」として滋賀県大津市にあります。

三河新四国霊場を行く

三河新四国霊場六十九,七十番札所「泰涼山勝山寺」を後に、七十一,七十二番札所「梅香山縁心寺」を目指します。両寺院はほど近い場所に建っているので、車で遍路されている方は、縁心寺の駐車場に車を停めて、歩いて勝山寺に向かうのも一つの方法かと思います。

参拝記

三河新四国霊場の札所案内看板は縁心寺の山門横に据えられているのですが、山門前の道路は非常に狭く、車では山門前まで行かないかなあと思うのですが・・・。車で遍路されている方は、所々電柱に縁心寺の看板が取り付けられているので、そちらを注意深く見て頂いた方が良いかと思います。また、ストリートビューの通り、少し広い道路沿いに駐車場が用意されているので、こちらに車を停められる事をお勧めします。

駐車場から山門へ

駐車場から山門方面へは、庫裏の横を抜けるのではなく、ぐるっと境内の外側の道を山門方向に進んでいきます。
ご覧の通りなかなか道路が狭いので、境内にも駐車場があるのでこちららに停める場合は注意してください。

境内入口

山門周辺の塀がコの字型になっています。山門周辺は道路から一段高くなっています。
その前に立っている石柱は、法然上人三河二十五霊場の札所案内石柱になります。この法然上人の霊場は知多にも開創されていますね。

山門

四脚門の山門になります。門柱には転びはつけられていないのですが、門全体を支える控え柱には転びが付けられています。控え柱に転びが設けられている山門は非常に珍しい造りだと思います。

手水舎

瓦葺木造六本柱タイプの手水舎になります。
井戸と手水舎が横並びで据えられている手水舎ではよく見かける建築様式ですが、ここ縁心寺には井戸跡を失くしたのか、わかりませんが、本来井戸がある場所がぽっかりと空間が広がっていますね。

本堂

入母屋造瓦葺平入の向拝の設けられた本堂になります。重層屋根の本堂の様にも見えなくはないのですが、下層部分に見える屋根は後年改修工事で設けられたんだと思います。元々は浄土宗の寺院によく見るような濡れ縁が本堂の周りに設けられたいたと思うのですが、その濡れ縁の外側に壁を起こして本堂を拡張した感じでしょうか。

本堂の表側には、法然上人、弘法大師が大きく目立つ札所案内板が掲げられています。

この本堂には七十一番札所の弘法大師像が奉安されていると思うのですが、三河新四国霊場特有の白い札所案内板が本堂ではなく後述する焔魔堂の方に掲げられているので、こちらには弘法大師像は奉安されていないのかも。

焔魔堂

山門脇に立っている焔魔堂になります。中には十王と弘法大師像が奉安されています。
そして、三河新四国霊場七十一,七十二番札所の札所案内板が掲げられています。

なんか、十王と弘法大師像が一緒に奉安されている所ってたまにみけるのですが・・・。

後方中央に一際大きい像が閻魔大王、その両脇にそれぞれ名前が明示されている十王がならんでいますね。
その前には、弘法大師像が奉安されています。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

納経を終えてふと壁をみえると、閻魔大王の小言が!

・朝きげんよくしろ
・大酒大食はほどほどにせよ
・泣き言は言うな

とか、よく聞きますが・・・

・病気はたくさんしろ
・小物は値切るな

これはどうなんですかね・・・。

御朱印

参拝を終えて

酒井忠次の菩提を弔うために建立された縁心寺。忠次の墓所は京都の知恩院の塔頭先求院“にあるそうです。
酒井家発祥の地も西尾市にあり、以前当サイトでも紹介させて頂きました。

酒井氏先祖の墓
酒井氏発祥の地 三河武士の「酒井氏」の発祥の地とされるのが愛知県に2ヶ所あります。1ヶ所が現在の刈谷市東境町周辺にあった丸山城を中心とした辺りになります。現地では酒井神社が鎮座していて、酒井氏との関係性を感じさせます。そしてもう1ヶ所...

そして、酒井忠次の親までの菩提寺が岡崎市にある大樹寺の塔頭回向院“にあります。

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所在地を地図で確認

寺院名 梅香山 縁心寺
所在地 西尾市中町56
最寄駅 名古屋鉄道 西尾線「西尾駅」徒歩16分

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある”村の鎮守の神様”と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな”知多四国霊場”を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

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次の目的地は?

三河新四国霊場七十一,七十二番札所梅香山縁心寺」を後にし、矢作川を越え碧南市に入ります。碧南市に入り最初の巡拝先は七十三番,七十四番札所多門山 妙福寺」になります。

 

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