太平洋戦争末期の昭和二十年一月に三河地方を襲った「三河地震」。戦意に影響があるという事で隠蔽されてしまった地震ですが、現在もその断層が県の天然記念物として実際に見る事ができます。
断層DATA
| 断層名 | 深溝断層 |
| 所在地 | 愛知県額田郡幸田町深溝地内 |
| 地震発生日 | 昭和20年(1945年)1月13日 |
| 規模 | 延長20km(内、海底部薬10km) |
| 文化財 | 愛知県指定:天然記念物 昭和50年(1975年)指定 |
MAP
交通:JR東海 東海道線「三ヶ根駅」徒歩27分 | 駐車場:○
詳細
太平洋戦争の末期である昭和20年1月13日に発生した「三河地震」によって出現した断層になります。発生した時期が戦争末期であり、連日空襲に襲われていた日本にとって地震発生の情報は戦意に影響を及ぼすと判断された為、情報統制が行われ殆ど報道される事はなくほぼ隠蔽されてしまった地震になります。
その為、三河地震の資料なども殆ど”無い”状態なんだとかで、地震の情報は人々の体験談や地震遺構で調べるしかないそうです。実際、自身の被害状況もよくわかっていない部分があるようで、日本軍の隠蔽体質の闇が見事に出ているそんな地震になるかと思います。
深溝断層に行ってみる
当サイトで以前紹介した「向野墓所/紹介記事」にほどしかい場所にある「沢渡公園南西交差点」から西方向(山に向かう方面)に進むと、住宅地を抜けて山間を走る道路へと変貌していきます。その道を進んでいくと左手に等間隔に杭が討たれた深溝断層が見えてきます。

2026年現在に深溝断層に行くと新しい案内板にかけ変わっている様ですが、自分が行ったのは2022年というまさにコロナ禍真っ最中の時期でして、看板も一世代前のものになります。当然近隣に住んでいたので深溝断層の存在は知っていましたが、正直当地を訪れるのは初めてになります。正直、日頃の動線からは少しずれた場所にあるので中々立ち寄る事ができなかったんですが、この日は一大決心?して向かう事にしたわけです。

この杭の見方が最初よくわからなかったのですが、同じ色の杭が一対となっていて向かって左手の赤くなっている部分が断層の高低差、それぞれの杭が横のずれを示している様です。そうおもって写真中央の黒色?の杭を見てみると、赤くなった部分が高低差ということなので、赤くなった分だけ隆起している事がわかり、それぞれの杭の間隔が横ずれということなので、かなり開いてしまっているのが見て分かる訳です。
愛知県では南海トラフ地震への備えを呼び掛けている訳ですが、この地震は海底のプレートのズレによる地震であり、海底故に断層など視覚的に見る事は叶わない訳ですが、三河地震の様に内陸の活断層による地震は80年近く経過した現在でもこうして実感する事ができるわけで、地震という地球の動きの大きさを感じる史跡?になるのではないかと思います。
少し大きな地震がくる度に防災グッズをそろえなきゃと思う訳ですが、結局ペットボトルの水(2リットル×6本)くらいを買ってくるくらいで中々用意する事ができていません・・・。備えあれば患いなしの精神で少し高くてもこうしたセットを購入した方がいいのかな?と思っています。
