2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

海性山 真如寺(蒲郡市形原町石橋) 三河海岸大師一番札所

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寺院情報

寺院名:海性山 真如寺
鎮座地:愛知県蒲郡市形原町石橋十一番地
本 尊:阿弥陀如来
宗 派:浄土宗西山深草派
創 建:長徳二年(996年)
H P:〇 (こちらから
御朱印:〇
札 所:三河海岸大師 一番札所
札 所:三河新四国 五十三、五十四番札所
札 所:(旧)三河新四国 別格札所
札 所:三河観音三十三ヶ所 十七番札所

沿革・由緒

源信大僧都の開基に係り初め幡豆郡佐久島に長徳二年一宇を建立。多田満仲大檀那となりて天台宗なりしがその後同郡山口村に移転する。又洞本上人住職の住まいをこの地に移し浄土宗となり。応仁元年再建す。

宝飯郡誌より

また、真如寺のホームページには、山口村移転後の沿革も記載されています。


山口にて火災のため殿堂消失して、形原の地に転地せり、正保年中(1644~1648)当村地頭 松平祥庄右衛門清直先祖菩提の為、御用米12石を毎年下渡され菩提所とせる。三河地方でも有数の大伽藍を持ち、形原、西浦地区、幡豆の一部の西山深草派の本寺である。

真如寺ホームページより


ここに出てくる松平祥庄右衛門清直とは、十八松平と呼ばれる松平の分家”長沢松平氏”の流れを組む人物です。長沢松平氏は徳川家康六男”松平忠輝”を養子に迎え高田藩六十万石の大名になり繁栄を誇ります。この松平忠輝の家老を務めていたのが松平清直でした。しかし、松平忠輝は1616年改易、長沢松平氏の名も歴史から消えてしまいます。松平清直も浪人となっていましたが、その後旗本として取り垂れられ、三河国宝飯郡形原村に五千石の領地を得ます。

参拝記

県道322号線に西側、名鉄蒲郡線”形原駅”から500mほどの住宅地の真ん中に鎮座しているのが今回紹介する真如寺になります。この真如寺は、御朱印で有名な寺院だそうで、自分が参拝した時も多数の方が御朱印を頂きに訪れていました。

毎日御朱印対応されているわけではなく、御朱印を頂ける日はホームページにて告知されているそうですので、真如寺の御朱印を頂こうと思われた方はホームページをご確認の上参拝してください。

境内入口の山門とその隣には十王堂が据えられています。

「十王」とは?

閻魔大王を中心に、冥土で亡者の罪を裁く十人の判官のことを指します。この十人の半官と共に「地蔵様」、「奪衣婆」「倶生神」などが祀られています。ここで共に祀られている「地蔵様」は地獄の苦しみを救い、「奪衣婆」は、三途の川原で死者の衣をはぎ取る役目、「倶生神」は、亡者の生前の記録を閻魔に報告する係とされています。死者の罪の重さを量る「業秤」や、生前の行いを写し出す「浄玻璃の鏡」など合わせて並んでいる所もあります。

十王堂の様子です。中央に地蔵尊、右手に閻魔大王など色彩豊かな像が祀られていますね。


薬医門の山門です。重厚感のある造りになっていますね。

山門をくぐると、なかなか開放的な境内なんですが、松の巨木が良い味をだしています。

四本柱の瓦葺手水舎になります。
手水舎の中でも、かなり大きい部類に入ると思います。

神社だけでなく、寺院の手水舎の給水口にも龍を象った物が使われているケースが多いですね。やはり寺院でも水を司るという意味を持っているんでしょうかね。

長沢松平氏の加護を受けていたという事をさすのか三つ葉葵が掲げられていますね。

本堂になります。ここの本堂は寄棟造ではなく入母屋造になっています。

本堂向かって左手には、稲荷社が鎮座しています。

この稲荷社には、狛犬ならぬ狛狐も置かれており、さらに屋根には飛び狐もいますよ。

この飛び狐は初めて見ました。
飛び狛犬と言われる狛犬が屋根に掲げられているのは神社、寺院双方に見ることができます。皆さんもぜひ参拝した時は見上げてみてください。屋根から狛犬や狛狐が顔をだしているかもしれませんよ。

御朱印

2018年6月限定の御朱印になります。

こちらは通常版の御朱印の中から十王堂閻魔大王の御朱印になります。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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