ONE POINT
元々は若宮八幡社であったが、明治時代になって周辺の神社との合祀を経て、社名を島田神社→菅田神社と改称した神社となります。
神社情報
神社名 | 菅田神社 |
鎮座地 | 愛知県名古屋市天白区菅田二丁目(Googlemap) |
例大祭 | 十月十七日 |
創 建 | 不詳 |
御祭神 | 仁徳天皇 天照大御神 伊弉冉命 事解之男命 速玉之男命 迦具土神 大山祇神 応神天皇 少彦名命 鵜茅葺不合命 |
旧社格 | 村社 |
神名帳 | ー |
境内社
境内社 | 伊勢神宮 熱田神宮 知立神社 可睡斎 洲原神社 |
文化財
国 宝 | ー |
国指定 | ー |
県指定 | ー |
市指定 町指定 村指定 | ー |
参拝情報
御朱印 | ー |
URL | ー |
駐車場 | ○ |
参拝日 | 2022年4月6日 |
御由緒
創建年代を始めとして詳細は不詳だが、明治四十二年までは仁徳天皇を主祭神とする「若宮八幡社」と称していたが、明治四十二年三月に行われた近隣神社との統合により社名を「島田神社」へと改称した。そして、大正十一年十一月になると、先に合祀した熊野神社は分祀され元の境内地に復帰させ、この際に社名を「菅田神社」へと再度改称しています。ただ、現在でも菅田神社の御祭神に熊野神が祀られている事から、御分霊を熊野神社の御祭神としたと思われます。
明治時代の後半から大正時代にかけて、日本の神社は政府による神社統合令によって急速にその数を減らしていくことになります。これは明治政府が新たな国家像を描いていく中で天皇を中心とした国家体制を是として行く中で神社も国家による管理下に置かれる事になったのが影響しています。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦など軍備拡張による国庫圧迫もあって、神社に対する支出(幣帛料を始めとする神社管理費)の圧縮が不可避となり、このため近隣の神社をひとまとめにし一村一社とする神社統合が行われていく事になります。ただ、官幣社以外は各知事に裁量が任されており、統合に積極的な県、統合に消極的な県と対応が分かれ、統合に積極的だった県では現在でもその神社数は非常に少なくなってしまっています。対応の差はあるにしても、全国二十万社の神社があったと伝えられていますが統合令によってその三分の一の神社が合祀によって姿を消しています。
平成から令和にかけて、山村部の過疎化が急速に進行していく中、過疎の集落に鎮座している神社の存続が非常に大きな問題となっています。過疎によって氏子数が一桁という神社も現れてきて神社の維持管理が非常に厳しい状況になっています。隣の集落の神社と合祀するにしても、集落同士が都会と違って離れてしまっている為、合祀が進まないという問題もあって、神社界にとって山村部の過疎化と神社の関係は非常に悩ましい問題となっている様です。
創建は明かではない。若宮八幡社は『尾張志』に”仁徳天皇を祭る嶋田村にあり”と明治五年七月二十八日、村社に列格する。明治四十二年三月二十日、字寄鷺百二十七番、村社、熊野社合殿と同社の境内神社秋葉社と知立社と山神社、又字石薬師百五十四番、村社神明社と同境内神社秋葉社、山神社、八幡社、天神社を本社に合霊合祀し、同日島田神社と改めた。更に大正十一年十一月十五日菅田神社と改称した
愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」
御祭神
主祭神
- 仁徳天皇
配祀神
- 天照大御神
- 伊弉冉命
- 事解之男命
- 速玉之男命
- 迦具土神
- 大山祇神
- 応神天皇
- 少彦名命
- 鵜茅葺不合命
明治四十二年に合祀された神社の御祭神が本殿に配祀神として合祀されています。
村社 熊野神社 御祭神:伊弉冉命、事解之男命、速玉之男命
・境内社 秋葉社 御祭神:迦具土神
知立神社 御祭神:鵜茅葺不合命
山神社 御祭神:大山祇神
村社 神明社 御祭神:天照大御神
・境内社 秋葉社 御祭神:迦具土神
山神社 御祭神:大山祇神
八幡社 御祭神:応神天皇
天神社 御祭神:少彦名命
ポイント
名古屋市天白区のHPには菅田神社の他に現在は島田神社と改称している「熊野神社」の情報が載っています。これを参照すると、熊野神社と神明社が先に合併(合祀)した上で若宮八幡宮の境内に遷座・合祀したと書かれています。この為、現在の島田神社は菅田神社の配祀神である九柱が御祭神として祀られています。
御朱印帳の保管に
数年前より非常に集める方が増えた「御朱印」ですが、皆様は御朱印帳はどうやって保管していますか?神社・仏閣を廻って御朱印を受けているとあっという間に御朱印帳の冊数が増えていきますが、そのまま棚などに置いている方が多いのでは?。せっかくお受けした御朱印ですので、日本では古くから着物を始めとして大切なものを保管する為に使われていた「桐箱」に入れて保管した方がよろしいかと思います。
ぜひ、皆様も桐箱に御朱印帳を保管されてみたらいかがですか?
参拝記
県道59号線「菅田交差点」から鳴海街道と呼ばれる市道に入るとすぐ左手に菅田神社の境内入口が見えてきます。駐車場は県道59号線沿いに用意されているのですが、境内正面向かって左手にある菅田集会場の敷地をお借りするのが一番便利かなと思われます。この菅田集会場は安産薬師如来が安置されている薬師堂の境内と敷地を一にしているのが特徴でしょうか。
薬師堂
詳細は不詳ながら、安産薬師如来が奉安されている薬師堂という事で、安産を祈願する地元の方々に崇敬を集めていた薬師堂になるんだろうと思います。菅田神社との関係は不詳となっています。
鳴海街道に接するように設けられた幟立てポール、石灯籠一対、旧社格が合わせて彫られている社号標が据えられ、基壇上に石瑞垣が設けらえている菅田神社の境内入口になります。
日差しが強くて少し白飛びしてしまって目がチカチカしますが、鳥居を潜った正面、妻入りとなる拝殿が見えています。
手水舎
木造銅板葺き二本柱亜種タイプの手水舎になります。前々回紹介した野並の八剣社で紹介した手水舎と同様の造りとなっています。
狛犬
大正十年生まれの狛犬一対になります。中々特徴的な顔つきです。
社殿
切妻造瓦葺妻入りの鋼鉄の支え柱が設けらえた開放型の拝殿とその後方に基壇が設けられて一段高くなった場所に本殿が鎮座している尾張造の社殿になります。祭文殿が設けられていないこういった開放的な社殿は比較的小規模な神社でよく見られる様式かと思います。
基壇上に鎮座している流造の本殿になります。本殿周辺に石瑞垣が設けられています。
本殿と並ぶ様に境内社が鎮座しています。このアングルからわかる様に二重の瑞垣となっているのが特徴でしょうか。
鎮座地を神社で確認
神社名 | 菅田神社 |
鎮座地 | 愛知県名古屋市天白区菅田二丁目(Googlemap) |
最寄駅 | 電車: バス:名古屋市営バス「天白町菅田バス停」徒歩4分 |
ご自宅にお札は祀られていますか?
実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、
南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。