(旧)三河新四国八十八ヶ所 三河新四国八十八ヶ所 三河観音三十三ヶ所 蒲郡市

巌松山 善応寺(蒲郡市元町) (旧)三河新四国 二番札所,三河新四国霊場 四十九番,五十番札所

2018年9月24日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

寺院情報

寺院名 巌松山 善応寺
所在地 愛知県蒲郡市元町十三番地十八
御本尊 阿弥陀如来
宗 派 浄土宗西山深草派
創 建 永正五年(1509年)
札 所 (旧)三河新四国 二番札所
三河新四国 四十九、五十番札所
三河三十三観音 十四番札所
東三新四国 五十八番札所
穂の国観音 十八番札所
御朱印
H P

参拝日:2018年7月12日
再訪:2019年5月16日

三河新四国霊場札所一覧はこちらから

沿革・由緒

鵜殿勝太郎宗牧と共にこの寺にて連歌せし事あり。

三河国宝飯郡誌」より

宗牧(そうぼく、生年不明ー天文十四年九月二十二日(1545年10月27日))
戦国時代の連歌師で、性は谷氏といいます。
天文十三年(1544年)十一月、宗牧は深溝で連歌会を行った長持と連立って西郡(鵜殿氏が居城としていた上ノ郷城周辺)に入りました。宗牧は上ノ郷の様子を「世にかはらぬ年をへて繁昌」と述べていることはよく知られています。宗牧は西郡で鵜殿一族と「千句連歌」を行いました。23日間滞在の後、宗牧は、牛久保(豊川市)方面に向かったと伝えられています。

年代から、鵜殿勝太郎とは、上ノ郷城主"鵜殿長持"だったと思われます。
宗牧が東国旅行の際、この善応寺に立ち寄り連歌会を催したんでしょう。そして、現在では宗牧が読んだという歌が石碑にほられています。

鐘の音も 半は雪の みやまかな

三河新四国霊場を行く

蒲郡にある点在している札所を霊場ごとに色分けして地図に落とし込んでみました。東三河に位置する蒲郡市なのですが、蒲郡市にある札所を見ているとと、形原,西浦地区は比較的西三河を中心とした霊場との関わり合いが強く、逆に蒲郡,三谷地区は東三河を中心とした霊場との関わりが強いことがわかってきます。さらに地図を見ていると、蒲形陣屋を中心とした西郡と呼ばれた地域と、形原陣屋を中心とした形原地域でくっきりと分かれていますね。こんな所からも、元々は領主が別々だったことが読み取れます。(両方の領主とも松平氏なんですが。)


JR東海道線と名鉄蒲郡線の接続駅である"蒲郡駅"の北口から250mほど北側に進んだ場所に鎮座するのが今回紹介する"善応寺"になります。寺院自体が奥まった場所にあり、さらに善応寺周辺の道路が狭い為、車で巡礼の際は気を付けてください。駐車場は、境内の中に駐車する形になります。

参拝記

上記ストリートビューを見て頂いても、善応寺に通じる道路幅が非常に狭いことがわかっていただけると思います。

上記のような三河新四国の案内看板が目印になります。
ただ、個人的には、寺院の所に看板を設置するよりも、もう少し大通り沿いに看板を据えた方がよろしいかと思うんですが、廃れた霊場を巡っている自分にとっては、こんな看板が設置されているだけでもすごいことなんですけどね・・・・。

山門

寺号が彫られたというより、填められた石柱門の山門になります。
よくみると、ここ善応寺の山門周辺も"凹字"というか"コの字"の形状になるように築地壁が設けられています。壁が切れたところに鉄製の門扉があるので、こちらが現在の山門?になるのかしら。

札所案内石柱

石柱脇には、各霊場の札所の案内板が据えられています。
三河新四国、三河三十三観音の霊場の案内板の後ろに、今まで見たことない札所の案内板(石柱)がありますね。

東三新四国とは?
愛知県の東三河地方の蒲郡市、豊川市、豊橋市の三市に跨り、八十八ヶ所と番外十カ所の合計九十八ヶ所の札所で構成されています。一番札所は豊川市麻生田町に鎮座する"転法輪山養学院"になり、八十八番札所は"円福山妙厳寺(豊川稲荷)"になります。

また新たな霊場の登場ですね。いつの日か東三新四国霊場も巡ってみたいものです。

鐘突き堂

鐘突堂になります。
一番最初の写真を見てもらってもわかる通り、本堂が建て替わっている為、木造のこれぞ寺院建築と想像できる建物が鐘突堂だけだったります。

本堂

RC造の本殿になります。
本堂というより、和洋折衷の教会といった佇まいにも見えますね。

中々、古来からのこれぞ本堂という姿からガラッと姿を変えてしまったRC建築の本堂を見慣れるまでまだまだ時間が必要な気がしますね・・。この寺院の様に、極力和のテイストを取り込んでいても違和感を感じてしまう訳ですから・・・。

御朱印

参拝を終えて

善応寺山門前に、こんなものが据えられていました。あまり実物を見たことがないのですが、たぶん「水準点」なのかな。測量の事などさっぱりわからないのでこの水準点をどのように活用するのか解りませんが、日本全国に17,000ヶ所も設置されているそうですよ。

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やはり、旅先の情報はネット検索もいいですが、るるぶなどの旅行ガイド雑誌が一番ではないかなと思います。ネット情報はどうしてもディープになりがちで、いざ旅行に行こうと思っても、俯瞰的な情報が不足しがちな気がします。
やっぱり、"るるぶ"を見ながら、旅の予定表を作っていくのも、旅行の醍醐味ですよね。

所在地を地図で確認

寺院名 巌松山 善応寺
所在地 愛知県蒲郡市元町十三番地十八
最寄駅 JR東海東海道本線「蒲郡駅」徒歩四分
名古屋鉄道蒲郡線「蒲郡駅」徒歩四分

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある"村の鎮守の神様"と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな"知多四国霊場"を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

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少しでも巡礼の時にお役に立てる事もあるかと思います。是非一度読んでみてくださいませ。

次の目的地は?

(旧)三河新四国霊場の巡礼の時は、別格札所「海性山 真如寺」を目指します。

三河新四国霊場の巡礼の時は、五十一,五十二番札所「松全山 薬証寺」を目指します。

-(旧)三河新四国八十八ヶ所, 三河新四国八十八ヶ所, 三河観音三十三ヶ所, 蒲郡市
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