祖母神社(愛知県刈谷市東境町)

神社紹介

神社名祖母神社
鎮座地刈谷市東境町町屋五十二番地一号
御祭神伊邪那美命
旧社格神饌幣帛料供進指定村社
創 建久安三年(1147年)
神名帳
境内社秋葉社(祭神:火産日神、大国主命)
山神社(祭神:大山祇神)
熱田社(祭神:日本武尊)
御鍬社(祭神:天照大神)
白山社(祭神:白山比咩命)
稲荷社(祭神:倉稲魂命)
浅間社(祭神・木花開耶姫命)
例祭日十月十日
御朱印
H P

参拝日:2021年1月27日

御由緒

 祖母神社の境内の一角には鎌倉街道の遺跡が今も残っていて、地元の方々によって維持管理され、往時の雰囲気を現代に伝えてくれています。

 祖母神社の創建は平安時代末期の久安三年(1147年)と伝えられています。創建主は和田?知田?加藤?(参照した資料毎に姓が異なっています。)四郎左衛門という方になります。御祭神は祖母大明神。江戸時代まで伝わってきた寺伝に一番近いと思われる刈谷市教育委員会の案内板によると、「祖母嶽明神と名乗る白髪の老婆が現れ、この村を守ろうと四郎左衛門に軸を渡したという。その軸には不動明王の尊像が描かれており、これを御神体として祖母大明神を創建した。」とあります。
 明治維新になり、神仏分離の中で、伊邪那美命を御祭神として定めたんだと思うのですが、伊邪那美命の本地仏は千手観音とされ、果たして不動明王の尊像を御神体とする祖母大明神=伊邪那美命で正しかったのかどうかはちょっと疑問が残る処ですかね。

 嘉吉二年(1442年)には、この地の豪族「酒井五郎広親」の母が社殿を再興したとあります。由緒にわざわざ書くくらいですので、この酒井五郎広親は松平氏最古参譜代の酒井氏の初代にあたる人物なはずです。しかし、第二次世界大戦までの歴史上の認識では酒井広親の母親は広親がまだ幼少の頃に亡くなっているとされ、広親が生まれた年代は計算すると1390年から1410年頃になるはずですので、少々年代が合わなかったりします。しかし、それでもここ碧海郡酒井郷で発祥したと伝わる酒井氏が何らか神社運営などに関与はしていたんだと思います。

 東境村の加藤四郎左衛門が久安三年(1147年)家に帰る途中白髪の老婆が現れ,「私は祖母嶽明神である。永くこの村を守ろう」と言って軸を渡した。軸を開いてみると,不動明王の尊像だったので,これを御神体として,その地を御社として,祖母大明神と崇めたといわれる。嘉吉二年(1442年)創立という説もある。祭神は伊邪那美命。
 鎌倉街道伝承地(市指定文化財)として境内に鎌倉街道の跡と伝えられる道が残されている。

刈谷市教育委員会設置案内板より

近衛天皇の久安三年(1147年)、知田四郎左衛門が伊邪那美命の出現し給うたその奇瑞霊夢に感じて社殿を創立し伊邪那美命を鎮祭して祖母大明神と称え奉った。由来一村の氏神として崇め奉られ衆諸の信仰が厚かった。然るに永享十二年(1440年)結城氏朝の為に兵火に罹り烏有に皈した。当時氏地の豪族酒井五郎広親の母、殊にいたく之を憂いて神恩報謝の為社殿を再建し奉った。これ実に嘉吉二年(1442年)壬戌正月十一日であった。以来神威社光益々あらたかにして恩頼を蒙る者が少なくない。明治五年十月村社に列し、同四十年十月神饌幣帛料供進神社に指定せられた。その後昭和二十年政教分離に伴い宗教法人として現在に至っている。

境内由緒書きより

 社伝に近衛天皇の久安三年(1147年)祭神出現の奇瑞を霊夢に感じて、和田四郎左衛門政敏が、社殿を創建して祖母大明神を仰ぎ崇敬した。嘉吉二年(1442年)一月十一日豪族五郎広親の母が社殿を再建する。明治五年十月、村社に列格した。同四十年十月二十六日、神饌幣帛料供進指定社となる。境内神社の内、秋葉神社天明二壬寅年(1782年)二月、白山神社大同二年(807年)創建の古い社なり。

愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」より

参拝記

 東海環状自動車道の高架下の側道から鎮守の森と幟立てポールが見える場所が祖母神社の境内地になります。西境町の中心からは北側に位置する場所になるのかなと思います。

境内入口

 社号標、石灯篭、鳥居、幟立てポールが据えられている境内入口になります。幟立てポールは根元部分も近代的な造りになっていて、幟立石は取り除かれていますね。さらにその奥には人は渡れませんが太鼓橋が設けられています。

日出興講結社記念碑

 太鼓橋の脇に、なにやら石碑が据えられていて「日出講結社記念碑」と刻まれていました。
 日出講・・・御嶽教団に日出講という木曽御嶽信仰の講社があるのですが、この事を指しているのか、よくわかりません。ただ、記念碑を作るくらいですからかなり大規模な信者集団が結成されたのかな。講と聞いて一番最初に思い浮かべたのが秋葉講なんですが、この場合東境秋葉講とかの名称にしそうな気もするので、御嶽教の講社なのかなあ。

手水舎

 RC造と木造のハイブリット構造の手水舎になります。やっぱり構造的に耐震性の問題が発生しやすい木造と比べて、RC造というだけで非常に安心感があります。

祓戸

 基壇の上に瑞垣が設けられた祓戸になります。ここの祓戸は門扉が設けられていますね。

狛犬

 狛犬を撮影し忘れていた為、以前参拝していた時に撮影していた狛犬の写真になります。このは日差しが強く、相変わらず白飛びしまくっています・・・。
 大正十三年生まれの狛犬一対です。

社殿

 入母屋造瓦葺平入の拝殿を有する社殿になります。本殿は千木、鰹木が設けられている流造になっています。

境内社

境内社は本殿の左右に鎮座しており、それぞれ一社ずつ鞘堂が設けられています。この境内社のなかで白山社には・・・

 石碑が据えられていて、三河国碧海郡東境邑に建立された白山権現開創大同三年(808年)と彫られていて、この石碑が作られたのが文化四年(1807年)という鎮座千年記念の石碑の様です。中々の古社であると言えますね。

鎌倉街道跡

 氏子の方々が整備されている鎌倉街道跡になります。

 また境内には、鎌倉街道伝承地の石碑や案内看板などが設置されています。鎌倉街道跡は刈谷市の指定文化財になっているんですね。

地図で鎮座地を確認

神社名祖母神社
鎮座地刈谷市東境町町屋五十二番地一号
最寄駅名鉄バス 愛教大線「東境北口」徒歩6分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である”天照大御神”とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

神社誌作成プロジェクト

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