三河新四国八十八ヶ所霊場

三河新四国霊場とは?

霊場名三河新四国八十八ヶ所霊場
開創年昭和三十九年(1964年)
札所数番所:88 番外:2 (合計:90) 
霊場域知立市、刈谷市、豊田市、岡崎市、豊川市、蒲郡市、西尾市、碧南市
納経帳〇(管理人購入場所:弘法山遍照院)
特 徴41ヶ寺が二札所兼務となっており、全体で49ヶ寺を遍路すると満願となる。

沿革

 三河地方に弘法大師霊場が一番最初に開創されたのは、江戸時代の初期である「寛永二年(1626年)」まで遡る事ができるようです。この弘法大師霊場を開創したのは西加茂郡の浦野上人(住職を務めていた寺院は不明)であると伝えられていますが、霊場の根幹をなすであろう札所が何処の寺院に置かれたのかすら不明であり、当時の弘法大師霊場の実態は不明な部分が多い。

 時は下り、昭和二年十月二十一日、本四国霊場の会長でもあった「善通寺誕生院」貫主から弘法大師像と直傳證を拝受し、三河新四国霊場が開創されます。それまでの弘法大師霊場を基盤にしたのかそれとも全く新しく弘法大師霊場として開創したのかは不明です。ただ、直傳證を拝受して弘法大師霊場を開創する方法は、知多半島全体を霊場とする「四国直伝弘法」を開創した時と同じ方法になります。

 この三河新四国霊場の開創に大きな影響を与えたのが当時、三河広瀬駅ー神谷駅(後の松木島駅)間において鉄道を運行していた「三河鐵道株式会社」になります。三河鐡道は最終的に両端を蒲郡駅、足助駅まで延伸する路線計画を抱いており、路線全体の乗客確保の一つに三河鐡道沿線に札所をおいた「三河新四国霊場」の開創があった事が想像できます。

 かくして開創された三河新四国霊場ですが、中々の苦難が襲い掛かります。昭和六年(1931年)、満州事変を切っ掛けに始まった日中戦争から太平洋戦争に至る十五年にも及ぶ戦争期間に突入していく事になります。戦線が拡大していき、遂には太平洋戦争が開戦する頃には、人々の生活環境はそれまで一変してしまっている事は想像に難くないですね。そんな中、昭和十六年には三河鐡道が名古屋鉄道に吸収合併され消滅。その路線の名称が三河線に変更されます。そして昭和二十年八月十五日「終戦」。

 昭和二年に開創した所だった三河新四国霊場は自力で復興できるだけの力はなく、霊場全体が衰退、荒廃してしまいます。同じ愛知県の弘法大師霊場として知多四国霊場があるのですが、こちらは戦後もお遍路さんが途絶えることがなかったといいます。やはり開創百年を超えた歴史が持つ強さなんでしょうね。(ちなみに、ほぼ同時期に開創した四国直伝弘法も三河新四国同様に衰退してしまっています。)

 昭和三十九年(1964年)、札所だった一部の寺院が集まり「三河新四国霊場会」が発足し、札所の再編を行い、それまでの霊場とは大きく変わった三河新四国霊場が再興します。一番札所である知立市の総持寺から始まり、碧南市の法城寺までの八十八札所を巡る霊場となっています。ほかの弘法大師霊場と大きく異なる点として、札所が二か所指定されている寺院が多く、四十九ヶ寺を巡れば八十八ヶ所の札所を遍路できるという比較的遍路しやすいのが特徴です。

これは自分の所感なんですが、三河新四国霊場の開創に当たり、名古屋鉄道の影響が大きい様な気がします。実際、再編までの三河新四国霊場(以後、(旧)三河新四国霊場)には三河鐡道の影響が大きく、札所が三河鐡道沿線に置かれたということは前述していますが、再編後の三河新四国霊場を見ると、名古屋鉄道の沿線に大多数の札所が置かれています。(一部、廃線となり、現状では沿線から離れてしまった札所もありますが・・・)

札所再興五十五周年記念宝印

平成三十一年三月一日~令和元年六月十五日の期間において、「札所再興五十五周年記念宝印授与三河新四国総開帳」ということで、通常の朱印の他に、札所再興五十五周年記念の宝印を頂くことができました。五年毎に記念宝印を頂ける総開帳が行われている事から次は、令和六年に再興六十周年の記念宝印が頂けるかも?

三河新四国霊場を巡る

サイトを見て頂いた方それぞれに廻り方があると思いますが、管理人である私がお勧めする御遍路の廻り方をご紹介します。ただし、かなり独特な廻り方をしますので、その特徴を書きに上げさせていただきます。

・三河新四国霊場の札所だけではなく、神社、史跡なども併せて訪ねていきます。
・また、他の霊場の札所もあれば巡拝していきます。
・交通手段が電車(バス)+徒歩や自家用車ではなく、バイクを使用しています。
・日数を要する廻り方ですので、短期間で遍路しようとする方には不向きかも。

三河新四国霊場の特徴として、地図を見ているとわかっていただけるかと思うのですが、札所の場所が「知立」「豊田」「岡崎」「豊川」「蒲郡」「碧南」と6ヶ所のエリアにそれぞれ集中しています。例外は西尾市にある2カ所の札所になりますか。最短で一泊二日で遍路できるという三河新四国霊場ですが、上記の理由もあり、最低でも6日をかけて巡っていきます。お付き合いの程、宜しくお願いします。

札所一覧

札所寺院名住所
1番神路山 総持寺知立市西町新川48
2番大仙山 西福寺刈谷市一ツ木町大師27
3番天目山 密蔵院刈谷市一里山町南弘法24
4番八橋山 無量寿寺知立市八橋町寺内61-1
5番鈴木山 龍興寺豊田市中町中郷98
6番黄蘗殿(龍興寺)
7番金谷山 三光寺豊田市金谷町5-63
8番護摩堂(三光寺)
9番遍照山 光明寺豊田市下市場町5-20
10番直心殿(光明寺)
11番瑠璃光山 薬師寺豊田市越戸町梅盛55
12番瑠璃殿(薬師寺)
13番身掛山 観音院豊田市越戸町松葉41
14番場頭殿(観音院)
15番金重山 広昌院豊田市力石町井ノ上117
16番金重殿(広昌院)
17番猿投山 東昌寺豊田市猿投町大城4
18番大師堂(東昌寺)
19番水月山 雲龍寺豊田市四郷町山畑78
20番如意殿(雲龍寺)
21番成道山 大樹寺岡崎市鴨田町広元5-1
22番成道閣(大樹寺)
23番荒井山 九品院岡崎市鴨田町山畔9
24番善光寺堂(九品院)
25番龍北山 持法院岡崎市井田町1-107
26番大師堂(持法院)
27番浄誓院 松本観音岡崎市松本町1-21
28番松本観音(浄誓院)
29番金寶山 安心院岡崎市明大寺町馬場東54
30番金峯殿(安心院)
31番萬燈山 吉祥院岡崎市明大寺町仲ヶ入38-30
32番大師堂(吉祥院)
33番弘法山 明星院岡崎市市場町元神山16
34番大聖殿(明星院)
35番二村山 法蔵寺岡崎市本宿町寺山1
36番二村山 勝徳寺岡崎市本宿町寺山21
37番天神山 法厳寺豊川市八幡町上宿43
38番金剛殿(法厳寺)
39番小林山 快泉院豊川市大崎町小林42
40番偏照殿(快泉院)
41番松亀山 寿命院豊川市三谷原町下西浦57
42番仏木殿(寿命院)
43番宮嶋山 徳宝院豊川市下長山町北側101
44番清龍殿(徳宝院)
45番弘法山 金剛寺蒲郡市三谷町南山1-9
46番奥之院(金剛寺)
47番海平山 光昌寺蒲郡市三谷町七舗65
48番弘法堂(光昌寺)
49番厳松山 善応寺蒲郡市元町13-18
50番厳松殿(善応寺)
51番松全山 薬証寺蒲郡市中央本町7-2
52番大師堂(薬証寺)
53番海性山 真如寺蒲郡市形原町石橋11
54番観音堂(真如寺)
55番行基山 實相院蒲郡市形原町東上松27
56番行基殿(實相院)
57番上野山 利生院蒲郡市形原町東上野7
58番観音堂(利生院)
59番神田山 覚性院蒲郡市西浦町北馬相11
60番法楽殿(覚性院)
61番西浦山 無量寺蒲郡市西浦町日中30
62番観音堂(無量寺)
63番中尾山 千手院西尾市東幡豆町山崎24-1
64番不動堂(千手院)
65番性海山 妙善寺西尾市東幡豆町森66
66番妙善寺 観音殿
67番薬王山 太山寺西尾市寺部町林添63
68番粟嶋堂(太山寺)
69番泰涼山 勝山寺西尾市瓦町21
70番明王殿(勝山寺)
71番梅香山 縁心寺西尾市中町56
72番輝厳殿(縁心寺)
73番多門山 妙福寺碧南市志貴町2-61
74番弘法堂(妙福寺)
75番融通山 観音寺碧南市築山町3-58
76番融運殿(観音寺)
77番東照山 称名寺碧南市築山町2-66
78番東照殿(称名寺)
79番南松山 清浄院碧南市築山町1-21
80番南松殿(清浄院)
81番南面山 海徳寺碧南市音羽町1-60
82番大仏殿(海徳寺)
83番聖道山 常行院碧南市本郷町3-38
84番聖道殿(常行院)
85番華慶山 林泉寺碧南市本郷町3-8
86番弘法堂(林泉寺)
87番天王山 法城寺碧南市天王町3-132
88番天王殿(法城寺)
番外弘法山 遍照院知立市弘法町弘法山19
番外豊川閣 妙厳寺愛知県豊川市豊川町1

2019年1月8日