2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

熊野神社(阿久比町板山)

スポンサーリンク

神社情報

神社名 熊野神社
鎮座地 愛知県知多郡阿久比町大字板山字川向三十八番地
御祭神 伊弉冉命、速玉男命、事解男命
旧社格 指定村社
創 建 建武年間(1334-1336年)
神名帳
境内社 天馬駒大明神、多賀社、八幡社、秋葉社、松尾神社、天神社、御嶽社、御芳社、津島社、酒造神、松尾大明神石碑
例祭日 不明
御朱印
H P

参拝日:2018年5月16日

御由緒

熊野神社は、建武年間(1334-1336)に奉祀されたと伝承されており、「伊弉冉命」、「速玉男命」、「事解男命」が祀られている。
神社文書によると、楠木正成の家臣沢田氏は湊川での敗戦後、山城宇治郡の三宝院に入り、修験道の山法師となった。その後、枳豆志庄(現在の武豊町一帯附近)の安喰が、三宝院に寄進された時、枳豆志の司役として派遣された石田某に従って当地に来て、紀州熊野三所権現を分祀したのが始まりといわれている。
この神社の宝物に「甲割りの宝剣」があるが、これは楠木正成の剣であったと伝えられている。
本殿の東丘には、酒造神の松尾大明神の石碑があり、この地より杜氏(酒を造る職人)として、多くの人が出稼ぎにいっていたことを物語っている。
社標は熱田神宮宮司の角田忠行の書である。角田忠行は幕末の勤王の志士の一人で、島崎藤村の小説「夜明け前」に暮田正香の名で登場する人物である。

「熊野神社境内由緒書き」より

知多新四国霊場を行く

知多四国霊場十三番札所「板嶺山 安楽寺」を後に、すぐ隣に鎮座している「熊野神社」に参拝に伺いました。

板嶺山 安楽寺(阿久比町板山) 知多新四国霊場 十三番札所
寺院情報 寺院名 板嶺山 安楽寺 所在地 愛知県知多郡阿久比町大字板山字川向二十一番地 御本尊 無量寿如来 宗 派 曹洞宗 創 建 文禄二年(1593年) 札 所...

川向うに歩行者用の細い道があって、橋を渡らずに熊野神社に伺う事ができます。

元々は、安楽寺と熊野神社は江戸時代までは神仏習合として同じ境内にあったのかもしれませんね。それが、明治政府の神仏分離策によって境内を分けたのかと。

参拝記

安楽寺と熊野神社の位置関係はこんな感じ。
安楽寺から熊野神社に歩いて向かったのですが、まさに隣接している感じで昔は庫裏の裏側から直接神社の境内にいけたんだろうなあと勝手に想像していました。(もしかしたら、昔から別管理で宮司が居たかもしれませんが・・・。)

境内入口

川を渡る太鼓橋の上から境内、社殿方面を望みます。

道路沿いにある神社と趣きを異にして、独特の雰囲気を持った神社ですね。
独特の雰囲気を醸し出している一つの要因は、鳥居がかなり奥まった場所に据えられている所ですね。手水舎、祓所などより奥に鳥居が位置しています。こういった配置も少数派だと思います。

社号標

旧社格が彫られた明治四十一年建立の社号標になります。
明治四十年に神饌幣帛料供進指定を受けたことまで側面に彫られていたりします。

祓所

社号標裏に据えられている祓所になります。
ここで大祭などを行う際、修祓という儀式を行うのですが、ちょっと場所的に狭いかなと思いますね。

手水舎・水盤

木造瓦葺四本柱タイプの手水舎になります。
水盤がかなりおおきな物になっていて、手水舎も大きくなっています。

鳥居

木製の神明鳥居になります。
石製の鳥居に慣れすぎているせいか、鳥居の大きさに対し柱とか貫が細く感じてしまいますね。

鳥居から社殿を望みます。
真新しい拝殿が目を引きますね。

舞台

社殿左側に木造の舞台がありました。

社殿

2009年に再建された入母屋造木造平入の拝殿になります。
近年再建された拝殿では珍しく、低床型の拝殿ではなく、高床式の拝殿となっています。が、廻縁が設けられていないなど、低床型と高床式のハイブリッドの様な造りになっていますね。

実は、2009年の造営工事の際、偶然参拝に伺っており、その時の写真が残っていました。

自分が伺った時は、すでに旧拝殿が解体され、新拝殿を建築するための足場が組まれていて、もうすぐ建築が始まるというタイミングでした。

ふだんなら中々見ることのできない、本殿の雰囲気も感じ取ることができますね。

造営工事の時は、正面から見ることができた本殿も、現在では瑞垣の外からしか見られません。

境内社

本殿の右側(向かって左手)に境内社が鎮座しています。

八幡社、秋葉社、松尾神社、天神社、御嶽社、御芳社の合殿、津島社、多賀社の境内社の他に、酒造神、松尾大明神石碑、天馬駒大明神が鎮座しています。

上記写真は、左から、酒造神、松尾大明神石碑、天馬駒大明神の順で鎮座しています。特に、酒造神、松尾大明神石碑については、由緒にも本殿の東丘に鎮座していると書かれているのですが、現在では境内社が並んでいる一角に鎮座しています。

2009年の時点では東丘にあったのを確認していますので、その後遷座されたんですね。

2009年参拝時の酒造神、松尾大明神石碑

やっぱり、以前の場所に鎮座していた方が雰囲気はありますねえ。

参拝を終えて

舞台の正面に、四角く石が敷き詰められた意味あり気な場所がありました。

これは一体何なんでしょうね・・・。

次の目的地は

熊野神社の参拝を終え、次は知多新四国霊場十四番札所「円通山 興昌寺」を目指します。といっても、安楽寺、熊野神社からは川に沿って走ればすぐの場所になります。

円通山 興昌寺(阿久比町福住) 知多新四国霊場 十四番札所
寺院情報 寺院名 円通山 興昌寺 所在地 知多郡阿久比町大字福住字東脇十番地 御本尊 華厳釈迦牟尼仏 宗 派 曹洞宗 創 建 文亀三年(1503年) 札 所 知...

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。
スポンサーリンク
知多郡阿久比町
スポンサーリンク
成瀬晃をフォローする
あいちを巡る生活って

コメント