知多四国八十八ヶ所 知多郡東浦町

福聚山 観音寺(東浦町生路) 知多新四国霊場 十番札所

2018年11月17日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

知多新四国霊場を行く

知多新四国霊場九番札所「浄土山 明徳寺」の参拝を終え、十番札所「福聚山 観音寺」を目指して東浦町を南下していきます。

国道366号線にもどり、東浦町体育館の看板がある路地を右折していくのですが、ここから観音寺は非常にわかりにくい路地を入っていく必要がある為、注意が必要です。

小さい黄色い札所の看板が掲げられているんですが、わかります?ここに左折する路地があるんですが、車一台がやっと通れるような狭い路地ですので、通り過ぎないように注意してください。

体育館から観音寺に向かう途中に「生路山 常照寺」が建っていますが、こちらは四国直伝弘法霊場の十八番札所になります。観音寺はさらに奥になるので、注意してください。

寺院情報

寺院名:福聚山 観音寺
鎮座地:愛知県知多郡東浦町大字生路字狭間ニ番地
本 尊:聖観世音菩薩
宗 派:曹洞宗
創 建:天正元年(1573年)
札 所:知多新四国霊場 十番札所
H P:-
御朱印:〇

参拝日:2018年5月16日

沿革・由緒

村の人達が田圃の行き帰り立ち寄って手を合わせたり、雨宿りする。朝の散歩に途中に小休止。観音寺は知多新四国霊場の札所に定められた当時はそんな道ばたの小さな辻堂だったいいます。

知多新四国霊場の開創には、真言宗以外の寺院の協力が中々得られず非常に苦しい時期があったと言います。開創に向けて動き出して十六年が経過し知多新四国霊場が開創されたと言います。

開創から二百十年の月日が経過し、道ばたの辻堂が寺としての体裁を整えるまでになっています。昭和二十八年、曹洞宗の寺院として昇格し、山号を得て「福聚山 観音寺」と改称しました。

元々が辻堂出会った為、檀家もなく、古文書もなく由緒は不明になります。

参拝記

ストリートビューで確認していただいてもわかると思いますが、観音寺周囲の道路は非常に狭く、すれ違いができない道路になっているので、注意して運転してください。

駐車場は本堂脇に二台分ぐらいが用意されています。大型車だと少々止めづらいかと思われます。

境内入口は石柱門となっており、真っ直ぐ本堂に向けて参道が伸びています。
参道右手に植えられている桜の大木が目を引きます。

弘法堂札所石柱

寺号標がなかったですが、新四国札所の石柱が建てらていました。

さらに、

本堂前にも、十番札所の石柱が据えられていました。
その隣の小さな石柱は道標みたいです。

手水舎・水盤

銅葺木像二本柱タイプの手水舎になります。
この観音寺の水盤は水にゴミが入らないようする為だと思わえる屋根が被されています。柄杓は屋根に引っ掛けられていますね。

本堂

参道の真ん中に二百十年記念宝塔が建てられているいて、本堂に安置されている弘法像から宝塔に向けて紐が伸びています。

寄棟造木像平入向拝が設けられた本堂になります。よく見ると、廻縁が設けられています。
本来は、外階段があったんだと思うのですが、コンクリート製のスロープに変えられています。穏やかな傾斜のスロープですので、お年寄りの方も気軽に参拝できるのではないでしょうか。

中央に本尊の聖観世音菩薩、左側には弘法大師像、右側には十王が安置されています。
写真上部、欄間部分には観音様が安置されています。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」

御朱印

参拝を終えて

参拝をさせて頂いた時には、由緒を知らずにいたので、本堂が無いなあって思っていたんですが、由緒を調べて、元々は辻堂だったのか!と驚きました。

ただ、檀家もいないという事で、この観音寺の維持管理が非常に大変だろうなあと思ってしまいます。

次の目的地は?

観音寺の参拝を終えて、次は知多新四国霊場十一番札所「光明山 安徳寺」を目指します。

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