徳応山 福住寺(半田市有脇町) 知多四国霊場 十二番札所

徳応山 福住寺

知多新四国霊場を行く

十一番札所「光明山 安徳寺」を後に、東浦町から半田市に入り、有脇地区にある十二番札所「徳応山 福住寺」を目指します。有脇地区は半田市の北端に位置し、東浦町と阿久比町に面してます。

光明山 安徳寺(東浦町藤江) 知多新四国霊場 十一番札所
知多新四国霊場を行く 十番札所である「福聚山 観音寺」の参拝を終えて、十一番札所「光明山 安徳寺」に向けて出発します。観音寺を出発してから国道366号線に出るまで、非常に道幅が狭い道路になるので、特に注意が必要です。 国...

寺院情報

寺院名:徳応山 福住寺
鎮座地:愛知県半田市有脇町六丁目十八番地
本 尊:無量寿如来
宗 派:曹洞宗
創 建:永禄ニ年(1559年)
札 所:知多新四国霊場 十二番札所
札 所:愛知梅花観音霊場 三十二番札所
H P:-
御朱印:〇

参拝日:2018年5月16日

沿革・由緒

開創は永禄二年(1559年)緒川、刈谷城主水野信元が修験宗喜蔵院を当初に移転し、砦の護りとしたと伝えられている。
初代は天正元年(1573年)寂の円翁呑鏡和尚で、元禄年間に福住寺と改められた。明治中期、法林和尚のとき寺格があがり、五世英瑞和尚が堂など整備される。観音堂にまつられる聖観音菩薩は恵心僧都作といわれ秘仏とされている。

「知多四国めぐり」より

参拝記

半田市立有脇小学校のすぐ北側に十二番札所「徳応山 福住寺」が建っています。非常に入り組んだ場所になっていて、事前に地図を見ておくなりしておかないと、「え?本当にこの先に札所あるの?」と思ってしまうかもしれません。

もう一つの目印として「かみや美術館」を設定してもいいかもしれませんね。

http://www.kamiya-muse.or.jp/

駐車場は福住寺と有脇小学校の間にあって、福住寺的には裏側になると思います。そこで、駐車場を出てぐるっと回り込む形で山門方面に歩いて向かいます。

境内入口

石段が続き、登り切った所に薬医門の山門が建っています。
参道両脇には寺号標と知多四国霊場札所の石柱が建っています。

寺号標の前には「水弘法」と呼ばれている弘法大師像が安置されています。

水弘法様
今でも水弘法様の御堂の下からは水が湧き出でています。この湧き水で目を洗ったところ、瞬く間に見えるようになったという言い伝えから、眼病に効く霊験あらたかな弘法様として現在でも参拝する方が絶えないそうです。

知多四国霊場十二番札所の石柱標。

山門

丁度参拝した日は、なにやら工事が入っていて、山門附近に大工道具が置かれていたので、少し離れた場所からの撮影となっております。
袖壁が設けられている薬医門の山門になります。こういった石段を登り切った場所に建つ山門も絵になりますね。

本堂、弘法堂

切妻瓦葺平入向拝の設けられた本堂になります。
そのすぐわきに、本堂より少し屋根の低く、唐破風の向拝がある建物が弘法堂になります。

中には、弘法様だけでなく、百観音が安置されています。

なにやら怪しい人影がガラス戸に移り込んでいますが、見えない体でお願いします。

弘法堂の土間部分?の両サイドに観音様が安置されています。観音様の中に弘法大師像や札所の扁額なども置かれています。この観音様もぜひゆっくり見て頂きたいですね。

少々手振れしていますが、弘法様です。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

観音堂

入母屋造瓦葺妻入りのこちらの建物には、秘仏とされる観音様が安置されている観音堂になります。

由緒でも紹介していますが、こちらに安置されている観音様は恵心僧都作と伝えれています。・・・そういえば、十一番札所の「光明山 安徳寺」に安置されている薬師如来像も恵心僧都作でしたね。

大街道地蔵堂

福住寺北側の道ばたには、大街道地蔵が祀られている地蔵堂があります。

こちらの大街道地蔵にまつわる昔話が伝えられています。

今から三百年も前のこと、有脇村の矢次兵衛は汗水たらして貯めた三両の金を縁の下のかめに入れたまま死んでしまい、それが心残りで幽霊となって夜な夜な有脇村に出没したという。
「今さらその金がほしいわけじゃない。蓮念寺に半鐘がないと聞いたので、はんとかその金で半鐘を寄付させてほしい」と。
さっそくその金で半鐘を作ると、それ以来幽霊は出なくなったという。その矢次兵衛の霊を慰める為建てた地蔵堂が、大街道地蔵堂である。

この昔話で出てくる蓮念寺なんですが、福住寺の少し北側にあります。

福住寺の北側、11丁目と表示のある所に蓮念寺があります。

いまでも、言い伝えの半鐘が残っているそうで、庫裏さんの都合が合えば見せて頂けるようです。

 

千体地蔵堂

更に、この福住寺には、千体地蔵堂が建てられています。(写真を撮り忘れており、検索して写真を見てください。)

元々、三河湾を挟んだ対岸、大浜に安置されていた千体地蔵様ですが、何やら言い伝えでは、地蔵堂の前面道路が拡幅される為、地蔵堂の移転を心配する信心深い老婆の夢枕に千体地蔵様が現れ「尾張の第十二番のお寺へ行きたい。」とのお告げがあり、船で三河湾を渡り、福住寺にお引越しされたそうです。

御朱印

参拝を終えて

この福住寺の先代住職さんが、有脇の歴史をまとめた本を出されているんだとか。
初めての知多新四国巡礼なので時間の余裕もなく、ただ札所を巡っているだけになりがちですね。もし二巡目を行う事があれば、札所である寺院だけでなく、周囲の史跡や神社などその地域の歴史を感じられる場所も併せて巡るだけの時間的余裕を持ちながらのんびり巡礼をしていきたいです。

次の目的地は?

十二番札所「徳応山 福住寺」の参拝を終えて、次は十三番札所「板嶺山 安楽寺」を目指します。

板嶺山 安楽寺(阿久比町板山) 知多新四国霊場 十三番札所
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