2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

上地八幡宮(愛知県岡崎市上地町)

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神社名:上地八幡宮
鎮座地:岡崎市上地町字宮脇48
社格:村社
祭神:応神天皇、仁徳天皇、天照大神
創建:元暦元年(1184年)
参拝日:2014年7月6日

昔、上地八幡宮は、この地の郷士「大見藤六」の屋敷に隣接した小さな祠(ほこら)でした。 元暦元年、源頼朝の弟、源範頼公が平家討伐に向かう途中、藤六の屋敷で休息した折、範頼公が屋敷の隣にある祠を見付け、この祠は何の神様をお祀りしている祠かと藤六に尋ねました。 藤六が、「八幡宮がお祀りされております」と答えると、範頼公は八幡宮は私の氏神であり守護神であると喜び、その祠に祀られていた八幡神に日頃の御礼を申し上げ、戦勝の祈願をされました。

範頼公は「私がこの戦で勝利を収めることができたのなら、ぜひとも、この小祠を立派な社殿に建て替えさせて欲しい」と言い残して戦に向かいました。

勝運の守護神・八幡宮の御神徳により平家との戦に勝利し範頼公が三河の守護に命じられると、建久元年(西暦1190年・鎌倉時代初期)範頼公は立派な社殿を造営し、祠に祀られていた八幡宮と鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮の御分霊を合わせてお祀りされました。

なぜ、源範頼がこの上地で休憩をしたのか?
答えは、上地八幡宮の本殿裏手にあります。

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本殿裏手は、このようになっています。
ここは、平安末期から鎌倉期に使われていた鎌倉街道の跡になります。
鎌倉←鎌倉街道→都
江戸時代でいえば、東海道みたいな感じですかね。
主要街道であるが故に、源範頼の軍勢も此処を通っていた訳です。

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境内を望みます。
写真のすぐ左を東海道本線が通っており、参道を電車が横切る形になっています。

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神池脇にある田・・・神田と言っていいのか・・・?

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手水舎です。ここの手水舎の屋根は銅板葺ですね。

ueji11く狛犬です。 口の部分が彩色されていた跡がのこっていますね。

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改めて、本殿を望みます。
高覧付きの銅板葺切妻平入の拝殿です。
ここの神社の拝殿なんですが、建築様式というか造りはこの辺りでは他に見ない造りなんです。
この辺りは、順次アップしていく記事を参照してください。

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拝殿前にある、右近の橘・左近の桜です。
右近の橘、左近の桜と言えば、京都御所の紫宸殿前に植えられていますね。

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今一度、社殿を望みます。
この上地八幡宮の本殿なんですが、実は国の重要文化財に指定されています。
岡崎市で一番古い建築物なんだとか。

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三間社流造と呼ばれている本殿の建築様式です。
詳しくは、愛知県庁のホームページにて 「 こちら 」

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最後に恒例の鬼瓦&懸魚を見ていきましょう。
蕪懸魚のデザインも独特ですね。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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