江南市 江南:久昌寺周辺散策

丹羽山本曽寺(愛知県江南市曽本町)

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

ONE POINT

江南市曽本町に建つ曹洞宗の「丹羽山本曽寺」の紹介です。江戸時代に創建された寺院であり、境内入口には「足止め六部さん」の看板が設置されています。布袋二十一大師、尾張国四郡大師

寺院紹介

寺院概要

寺院名丹羽山本曽寺
所在地愛知県江南市曽本町幼川添一七〇
創 建元和五年(1619年)
宗 派曹洞宗
御本尊聖観世音菩薩

霊 場

霊 場布袋二十一大師 五番札所
尾張国四郡大師 十五番札所
前札所霊 場次札所
霊照山観音寺布袋二十一大師村上山般若寺
地蔵堂尾張国四郡大師普門山円通寺

尾張国四郡大師とは?

 詳細は不詳ですが、明治時代初期に開創された新四国霊場になります。霊場名にある四郡とは尾張国北部に設けらえていた春日井郡・丹羽郡・中島郡・葉栗郡の四郡を指していると考えられ、実際に札所は小牧市、犬山市、江南市、一宮市、岩倉市、大口町、豊山町に設けられています。

文化財

国 宝
国指定
県指定
市指定
町指定
村指定

参拝情報

御朱印不明
URL
駐車場
参拝日2022年2月9日

御由緒

 元和元年(1619年)に南栄という僧侶が草庵を結んだのが創建であると伝え、その後、報酬祖恩の時に法地となり初代住職となったと伝えています。

法地とは?

 曹洞宗では「結制安居を申請により修行することのできる寺院」の事を法地であると定義しています。この事から、法地をえるとは、「寺格を得て草庵から普通の寺院になった。」という意になります。

 大口村にある「大香山桂林寺」の末寺である。

御朱印帳の保管に

 数年前より非常に集める方が増えた「御朱印」ですが、皆様は御朱印帳はどうやって保管していますか?神社・仏閣を廻って御朱印を受けているとあっという間に御朱印帳の冊数が増えていきますが、そのまま棚などに置いている方が多いのでは?。せっかくお受けした御朱印ですので、日本では古くから着物を始めとして大切なものを保管する為に使われていた「桐箱」に入れて保管した方がよろしいかと思います。

 ぜひ、皆様も桐箱に御朱印帳を補完されてみたらいかがですか?

久昌寺周辺散策

 令和三年に解散が決定された織田信長の側室「吉乃」の菩提寺である「久昌寺」が令和四年中に解体されてしまうという新聞記事を読んで、まだその姿が残っている内に参拝しておこうと思い、二月の冬空の中に参拝してきました。この際、久昌寺だけではなく時間が許す限りその周辺の神社仏閣などを参拝してきたのでこちらの紹介をして行こうと思っています。

紹介記事一覧

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2022/3/21

村基山薬師寺(愛知県江南市北山町)

江南市北山町にある曹洞宗の寺院である「村基山薬師寺」の紹介になります。江南市史では、江戸時代の創建の寺院であるとし、現在本堂前には切支丹石灯籠が据えられているとしています。布袋二十一大師、尾張国四郡大師

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2022/3/21

丹羽山本曽寺(愛知県江南市曽本町)

江南市曽本町に建つ曹洞宗の「丹羽山本曽寺」の紹介です。江戸時代に創建された寺院であり、境内入口には「足止め六部さん」の看板が設置されています。布袋二十一大師、尾張国四郡大師

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2022/3/19

神明社(愛知県江南市曽本町)

江南市曽本町に鎮座する神明社の紹介です。詳細は不詳なんですが、江戸時代には曽本の集落には神明社の他に天神社が鎮座していた様で、現在では天神社は神明社の境内社となっています。

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2022/3/18

八剱社(愛知県江南市北山町)

名鉄布袋駅近くに鎮座する「八剣社」の紹介です。創建時期は不詳ですが、元々は石作神社という尾張国造の祖「火明命」を御祭神とする神社だった様ですが室町時代に八剣社に改称したみたいです。

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2022/3/8

仙境山松岩寺(愛知県江南市布袋町)

名古屋鉄道犬山線の布袋駅から北に2~3分歩いた場所に建つ曹洞宗の仙境山松岩寺の紹介です。明治七年に緝煕義学校がおかれ、児童教育の場となった寺でもあります。布袋二十一大師霊場

参拝記

 当サイトで紹介した曽本町に鎮座する「神明社」のすぐ北側に建つ曹洞宗の寺院が「丹羽山本曽寺」になります。明確に駐車場とはなっていませんが、山門の手前に車を停められそうです。

山門

 袖壁が設けらえた一間一戸の鐘楼門の山門になります。三河地方ではちょこちょこと見かけるこの様式の鐘楼門ですが、尾張地方にも存在していた様です。

本堂

 寄棟造瓦葺平入の向拝のある本堂になります。

 参拝した日がなにやら工事が行われていて、本堂の周りにて業者の方が作業をされていたので、邪魔にならないようにこの位置からの撮影です。

足止め六部さん

 境内入口部分に「伝説 足止め六部さん」というなにやら意味ありげな看板がありました。(なにやらこの看板の横に六部地蔵があったようですが、写真を撮っておらず・・・。ぱっと見役行者像の様な地蔵です。)この伝説の内容はなんだろうとGoogle先生に尋ねてみたのですが、全くそれらしい伝説がヒットしません。

 そもそも、「六部さん」とは誰?六部地蔵の台座部分に「六十六部供養」と彫られている事から、この「六十六部」を「六部さん」と称しているのだろうという事が推測できます。では「六十六部」とは?

六十六部とは?

 六十六部とは「日本廻国大乗妙典六十六部経聖」の事を指すが、江戸時代になると六十六部(六部とも)と略称され、法華経(大乗妙典)を六十六部書写し、全国を巡って六十六か所の霊社霊仏(一宮・国分寺など)に一部ずつ納経する廻国の修行者を「六十六部(六部)」と呼ぶようになった。
 廻国の途中で、旅先の堂宇なのどに住み着いてしまう者が現れ、この者たちが建てたと「日月清明・五穀豊穣・大乗妙典六十六部廻国供養塔」なる石碑を建てたものを全国各地に見ることができる。

 この事から、六部さんとは全国を行脚して「日本廻国大乗妙典六十六部経聖」を奉納していた者であることがわかります。本曽寺に六部地蔵が建っている事から、本曽寺に廻国していた者が住み着いた・・・足止めされた?ということなのかな?

御朱印

参拝を終えて

 「足止め六部さん」の事を調べている時に、五条川沿いにこんな看板が設置されてという情報をゲットしました。

 「古代邪馬台国女王卑弥呼と南北朝時代の長慶天皇御供養の寺 本曽寺 霊験あらたか」

 と書かれています。どういったいきさつで卑弥呼と長慶天皇の供養する事になったのか・・。これだけではまったくわかりません。

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やはり、旅先の情報はネット検索もいいですが、るるぶなどの旅行ガイド雑誌が一番ではないかなと思います。ネット情報はどうしてもディープになりがちで、いざ旅行に行こうと思っても、俯瞰的な情報が不足しがちな気がします。 やっぱり、"るるぶ"を見ながら、旅の予定表を作っていくのも、旅行の醍醐味ですよね。

所在地を地図で確認

寺院名丹羽山本曽寺
所在地愛知県江南市曽本帳幼川添一七〇番地
最寄駅鉄道:名古屋鉄道犬山線「石仏バス停」徒歩19分
バス:

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

 元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある"村の鎮守の神様"と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな"知多四国霊場"を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

少しでも巡礼の時にお役に立てる事もあるかと思います。是非一度読んでみてくださいませ。

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