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金鈴山 曹源寺(常滑市大谷) 知多四国霊場 番外札所

2019年4月19日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

寺院情報

寺院名 金鈴山 曹源寺
所在地 愛知県常滑市大谷字奥条百五十五番地
御本尊 阿弥陀如来
宗 派 曹洞宗
創 建 天文三年(1534年)
札 所 知多四国霊場 番外札所
四国直伝弘法 六十三番札所
常滑郷廿一大師 十三番札所
御朱印
H P

参拝日:2018年10月24日

曹洞宗ナビ 曹源寺専用ページのご紹介

http://sotozen-navi.com/detail/index_230429.html

知多新四国霊場公式ホームページのご紹介


http://chita88.jp/

沿革・由緒

曹源寺は、天文三年(1534年)の創建で、明治の中頃まで隣接している八幡社の所管をしていたので、地域の人達から「宮寺」と愛称されていました。
奉安する弘法大師御尊像は、大師が三十八才の時、高野山を日本最上の霊地とされ、宝剣を持って密林深い山々や、池に住む大蛇などを御護摩妙供の総力を以て、退散されているお姿といいます。

知多四国めぐり」より

 

知多四国霊場を行く

五十七番札所「孔雀山 報恩禅寺」と「大己貴神社」から国道247号線を北上すること約7km。知多郡美浜町を抜けて常滑市に突入しました。
ここ曹源寺を南端に常滑郷を霊場している常滑郷廿一大師霊場が開創されています。しかし、常滑郷大師については、詳ししいことは解っていません。ただ、常滑郷にある知多四国霊場の札所は常滑郷二十一大師の札所にもなっているようです。

<駐車場>
曹源寺の境内に駐車場が用意されています。なかなかわかりにくいかと思いますが、正面境内入口(石柱門があります。)から境内に入って下ささい。
※自分は最初駐車場が見つけられず思いっきり通り過ぎてしまいました。


管理人が行く知多四国霊場巡礼の旅

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参拝記

たぶん、今の国道247号線が開通するまでは、曹源寺前を通る道が国道247号線だったのかなと思うのですが・・。知多新四国霊場の幟が境内入口周辺に建てられているので、迷う事はないかなと思います。

境内入口

ストリートビューの画面とさほど変わり映えがしませんが、曹源寺の境内入口になります。
境内を囲む桟瓦葺の簓子塀が印象的です。
その簓子塀が切れている両端に石柱門が据えられています。ちなみに、塀に寺号が書かれた表札が掲げられているのですが、わかりにくいですね。

道案内石柱

知多四国霊場の次の札所である五十八番札所「金光山 来応寺」までの道標になります。
次の札所まで1丁だそうです。メートル法に換算すると約109mになります。Googleマップで来応寺までの距離を調べると・・・約110m。"丁"で表示されると馴染みがないだけピンときませんが、1丁=100mぐらいと覚えておけば、何となくの距離感がつかめるのかもしれませんね。

躄車奉納霊場石碑

その昔、足が不自由な方が移動の手段として使用していたのが"躄車(いざり車)"なんだそう。今でいうところの"車椅子"になるでしょうか。

 大正十二年、足が不自由な岡山県に住む男性が犬に惹かれて躄車にて知多四国霊場を巡礼中、大師が枕元にに立ち、御身の難病は、たちどころに去るべしとのお告げがあり、この曹源寺の大師堂を参拝した時、心に真言をとなえつつ、杖を力に立ち上がれば不思議かな、よろめきもせずに立ち上がる事が出来たそうなのです。
そして、立ち上がれた喜びの記念にと、躄車を曹源寺に奉納したんだとか。

その、躄車が大師堂の前に安置されています。

なかなか躄車の実物を見る機会なんてないのですが、江戸時代~大正時代まではこういった物に載らなければ足が不自由な方は移動できなかったんでしょう。本当のこんな乗り物で移動したのか?というか移動できたのか?と思ってしまうのですが、江戸時代だか明治時代に書かれた書物にも登場しているようですので、使われていたのは間違いないみたいです。

ただ、見る限りに動きが渋そうな車だなっていうのが率直な感想ですかね。ベアリングが使われているわけでもないですし、タイヤもゴムタイヤではなく、円型の木材に外側は鉄板を貼った簡素なタイヤ・・。これで岡山から犬に惹かれて、地震は杖などで漕ぎながらやってきたというのですから恐れ入ります。・・・名古屋くらいまでは汽車できたのかな・・・。

常夜燈

石柱門を通ってすぐに、一対の常夜燈が据えられています。
曹源寺の本堂向かって左手に奉安されている金毘羅大権現の常夜燈の様です。
竿石部分には「金毘羅天」「妙見宮」と彫られています。

海も近いので、曹源寺に奉安されている金毘羅大権現に大谷地区の漁師達の開運安全を祈願していたんでしょうね。

手水舎・水盤

銅葺二本柱タイプの手水舎になります。
柱部分が石製で、屋根が木造というハイブリット造になります。石製の柱が幅広になっているので、非常に安定感のある造りになっていますね。

本堂

寄棟造瓦葺平入の本堂になります。
見て頂くとわかりますが、本堂の向かって左側には弘法大師像が安置されていて、四国霊場の札所になっています。そして向かって右側には納経所が設けられています。

中央には、宝剣を持った大師像が安置されていて、知多四国霊場の大師像であることがわかります。そして、その大師像の左右に厨子がみえるので、四国直伝弘法と常滑郷廿一大師の大師像が安置されていると思います。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

金比羅堂

本堂向かって左手にある入母屋造妻入りの金毘羅堂になります。
中には、金比羅大権現と不動明王が安置されているそうです。

庚申堂

さらに、本堂の左手にある庚申堂になります。
その庚申堂の横には「ほほえみ童子」が安置されていて禅語「和顔愛語」を体現するスマイルで参拝者の人気者となっているそうです。

庚申堂の中には・・・

中央に庚申像、そして役行者像と天神(菅原道真)様が安置されていました。

御朱印

参拝を終えて

曹洞宗の寺院ながら、知多四国霊場の札所になり、そして躄車の奇跡が起きたという宗派を超えて弘法大師の霊力のすごさを物語る寺院ではないかなと思います。
更に、隣の八幡社を管理していたという事で、現代の境内にもその当時の痕跡を金毘羅堂や庚申堂に祀られている天神様などから見ることができますね。

次の目的地は

曹源寺が管理していたという八幡社を参拝していきます。

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