白山神社(愛知県岡崎市中町)元大泉寺鎮守社

神社紹介

神社名白山神社
鎮座地愛知県岡崎市中町字東丸根三十七番地
御祭神白山姫命
旧社格無格社
創 建宝永五年
神名帳
境内社
例祭日
御朱印〇/岡崎天満宮にて授与
H P

参拝日:2020年11月25日

御由緒

岡崎三十六地蔵一番札所の地蔵堂がある「東林山大泉寺/紹介記事」の山門脇に勧請されたのが今回紹介する白山神社になります。宝永五年(1708年)に山門の守護神として勧請されて以来、大泉寺の門前に鎮座し続けてきました。

 昭和七年に発刊された岡崎市史にも、江戸時代の頃と思われる大泉寺の絵地図が記載されていて、その中に白山神社の姿を確認する事ができます。

 境内入口から石段を登った先に山門、その向かって右隣りに鳥居のある据えられ、神門がありその奥に置かれた建物が白山神社の本殿のの様です。山門と鳥居の手前がにある妻入りの建物が岡崎三十六地蔵一番札所となる地蔵堂なのではないかと思っています。

 明治となり、大泉寺による管理からこの地区の産土神となる事で据置公許となり、その後岡崎天満宮による管理(境外社となったのかもしれません。)となりますが、戦後岡崎天満宮の管理から離れて中町東丸根周辺の鎮守社として祀られているそうです。

大泉寺山門の守護神として宝永五年(1708年)正月に勧請した。明治制度改めにより、住民の産土神とする。明治五年九月十八日に据置公許となり、同二十年に社殿を改築し、同二十三年十月には石鳥居を建立した。

愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」より

参拝記

 前回紹介した大泉寺の境内入口となる石段のすぐ隣に今回紹介する白山神社が鎮座しています。どこをどう見ても、大泉寺と白山神社は表裏一体のような関係性を現在でも維持しているよなと思ってしまうくらいで、明治時代によくこんな境内の位置関係で据置公許されたなと感心?してしまいました。

 神社や寺院を巡っていると、こうした鎮守社が明治維新によって様々な運命を歩んでいる事を知る事になる訳です。そんな中、一番多いのは鎮守社の境内地を分筆して寺院から独立させているケースですね。ただ、分筆だけではダメで瑞垣や塀を用いてしっかりと境内を区切る必要があるのか、大多数の場合は神社と寺院の間に何らかの仕切塀みたいなものが設けられていますね。

 ただ、ここ大泉寺と白山神社にはそんな仕切塀の様な物は存在しておらず、江戸時代までの神仏習合期の雰囲気を現在まで残している位置関係になっているのが特徴ですかね。

 前面道路から境内地までまっすぐ石段による参道が続いていて、石段の途中に明神鳥居が据えられています。その石段の脇に社号標が据えられています。

 地蔵堂と鳥居の間に据えられている非常に独特の姿の秋葉山常夜燈になります。岡崎城下には非常に多くの秋葉山常夜燈が現在も残っているのですが、その中でもここ大泉寺・白山神社の境内前に据えられている常夜燈は非常に印象に残る姿をしています。

 木造波板葺四本柱タイプの手水舎になります。すぐ隣の大泉寺山門が空襲により焼失している所を考えると、戦後再建された手水舎だろうと思われます。

 切妻造瓦葺妻入りの向拝のある拝殿を有する社殿になります。

地図で鎮座地を確認

神社名白山神社
境内地愛知県岡崎市中町字東丸根三十七番地
最寄駅名鉄バス「げんき館前バス停」徒歩6分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である”天照大御神”とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

神社誌作成プロジェクト

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