玉峰山宝勝寺(名古屋市守山区市場) 蓬莱七福神/毘沙門天

 名古屋市守山区にある「守山城跡」に寛永十四年(1637年)に守山崩れによって不慮の死を遂げた松平清康の菩提を弔うために建立された寺院になります。

寺院情報

寺院名玉峰山宝勝寺
所在地名古屋市守山区市場四番地四十五番
御本尊十一面聖観世音菩薩
宗 派曹洞宗
創 建寛永十四年(1637年)
札 所蓬莱七福神/毘沙門天
御朱印
H P

参拝日:2020年1月29日

由緒・沿革

 桶狭間の合戦後、又は長嶋一向一揆の制圧後に廃城となったと伝えられる「守山城/紹介記事」の跡地に建立された寺院になります。

 天文四年十二月五日(1535年12月29日)の早朝、「森山崩れ」と呼ばれる、松平家七代「松平清康」が家臣である「阿部正豊」に惨殺されてしまう事件が発生します。清康の遺骸は岡崎に運ばれ荼毘に付され埋葬されていますが、亡くなった地という事で、現在の守山区大永寺町にある「寿昌山大永寺」七世大渓良澤和尚が清康を弔うために、寛永十四年(1637年)守山城跡の南側に建立しています。建立年を見ても、既に江戸幕府は開幕している所を考えると、幕府もしくは尾張徳川藩の了承を得た寺院建立なのではないかと思います。
 そういった経緯で建立された寺院ですので、本堂内には、三つ葉葵の家紋が施された厨子の中に松平清康の位牌が安置されています。

 勝宝寺を建立した大渓良澤和尚は「小幡城」城主「岡田与九郎重頼」の子にあたる人物になります。当サイトでは守山城は桜井松平家祖「松平信定」が大永年間に築城したという説が有力でないだろうかと紹介していますが、この守山城から北東側に直線距離で1.8kmほどしか離れていない場所に、大永二年(1522年)に「岡田与九郎重頼」によって「小幡城」が築城されます。

 岡田与九郎重頼は、岩倉織田家とも言われる「織田信安」の家臣だったと伝えられていて、守山の地は、東から松平氏が勢力を伸ばし、それを防ぐように、織田信秀だけではなく各織田家が支城を築城し防衛していた場所なのではないかと思う訳です。

 時は流れ、明治時代に入ると、名古屋城下から瀬戸までを結ぶ「瀬戸電気鉄道」が開業します。名古屋城の空堀の中を走る「お堀電車」で有名なあの路線です。昭和に入ると瀬戸電気鉄道は小幡駅から分岐する形で龍泉寺に通じる新路線の敷設を計画しますが、結局諸事情により計画は頓挫してしまします。しかし、その後も瀬戸電気鉄道による沿線開発は続けられたようで、名古屋市、春日井市、尾張旭市にわたる「蓬莱七福神/紹介記事」が開創され、「宝勝寺」には毘沙門天王が奉安され、毘沙門堂が建てられています。
 蓬莱七福神は愛知電気鉄道の「四国直伝弘法」、三河鐡道の「(旧)三河新四国」と同じように、鉄道会社によある乗客確保のために作られた霊場であると言えます。大正期から昭和初期にかけて鉄道会社が霊場開創に尽力するのは全国どこでも行われた事なのでしょうかね。

守山町大字守山字市場千五十番にあり、曹洞宗大永寺末にして宝勝寺は玉峰山と号し、本尊を観世音とし、守山城趾の廊内に建てられたり。寺伝に宝勝寺は天文年間、松平清康兵を率い尾張を侵略せんとして守山城を陥れ之を據れり、天文四年十二月清康家臣の為に殺される。降て寛永十四年に至り大永寺七世大渓良澤和尚、清康の菩提を弔わんとて此寺を建立し、自ら開山となりし由云へり。

東春日井郡誌より

歴史探訪

 「森山崩れ」の舞台とも言われる「守山城」を訪れ、その城郭内に建つと言われる「玉峰山宝勝寺」を参拝していきます。由緒でも書いたように松平清康を弔うために建立したという事で、岡崎市にある清康所縁の寺院以外では唯一位牌が安置されている寺院のようです。

参拝記

 大曽根から「矢田川」を渡河して、矢田川堤防を左折して三本目の路地を右折すると丁度今回参拝する「玉峰山宝勝寺」の参道の所に出る事ができます。ただ、車で参拝される場合、参道からではなく通用口から境内に入る事になるのですが、道が細いので注意して下さい。

参道

 石畳が敷かれた参道の奥に石段が続いています。車で参拝する場合は、石段を登り切った所に立っている山門の脇から通用口が伸びているので、そちらから境内に入ってきて用意された駐車場に向かう事になります。

山門

 単独で建っている薬医門の山門になります。山門に「曹洞宗宝勝寺」と書かれた寺号札が掲げられています。

本堂

 入母屋造瓦葺平入の向拝が設けられている本堂になります。本堂の造りですが、寺院の本堂としては低床化されている本堂になっていると思います。
 こちらに本尊の十一面観世音菩薩像が奉安されています。「松平清康の位牌」はその脇に奉安されているんでしょうか。

毘沙門天堂

 こちらが蓬莱七福神の札所本尊である「毘沙門天」が奉安されている寄棟造瓦葺妻入りの唐破風が設けられた向拝が設けられている毘沙門天堂になります。

 毘沙門天堂に掲げられている扁額になります。
 蓬莱七福神の霊場は他の霊場と同じように太平洋戦争の敗戦後に急速に衰退してしまったようです。現在ではどれだけの方が回っているのでしょうか。

所在地を地図で確認

寺院名玉峰山宝勝寺
所在地名古屋市守山区市場四番地四十五番
最寄駅名古屋鉄道 小牧線「矢田駅」徒歩9分

次の目的地は?

 守山城近くにある「守山白山古墳」の上に鎮座する「白山神社」を参拝していきます。守山城下に鎮座していた神社になります。

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