岡崎市

稲荷神社(愛知県岡崎市井ノ口町) 井ノ口砦跡

2019年8月26日

神社紹介

神社名 稲荷神社
鎮座地 岡崎市井ノ口町字楼二十八番地
御祭神 豊受姫命
旧社格 村社
創 建 寛永十一年(1634年)
神名帳
境内社
例祭日 十月第一土曜日
御朱印
H P

参拝日:2019年7月31日

御由緒

社伝に鴨田村より井ノ口に新田を開き寛永十一年(1634年)十二月二十八日、鎮守の神を祀るという。寛政八年(1796年)三月、岡崎城主「本多美濃守」この地の検分に際し参拝あり。明治五年九月八日、村社に列す。同四十二年二月、社殿を再建する。昭和十二年十月十日、社殿を改築した。

愛知県神社名鑑」より

ここ井ノ口町の稲荷神社が鎮座している場所は、元々寛正六年(1465年)に起こった「額田郡一揆」において、反乱蜂起した側が築いた「井ノ口砦」の跡地だと伝えられています。

井ノ口砦とは?


寛政六年(1465年)、反幕府、守護の蜂起事件「額田郡一揆」が起きます。「今川記」には、一揆の状況をこう記している。

丸山中務入道親子、大場二郎左衛門、簗田左京亮というもの額田郡井ノ口という所に盾籠り、京都の御下知をも屈せず、又駿河国へも音信もなし。尾張衆とも不通にて、諸牢人を集め、鎌倉殿の御下知のよし申偽りて、京都へ輸送の官物ともきらわす狼藉しきりなりける間、京都より故一色左京大夫の御家人、牧野出羽守、仁木殿侍西郷六郎兵衛というもの両人に討伐を命じる。三日三夜数百人で押し寄せ攻落するという。悉く討ち取るが、大将格は堀を超え落行けり。

今川記」より

一説には、三河国内において、長年「西条吉良氏」と「東条吉良氏」のお家騒動によって吉良氏の権威が失墜し、吉良氏に追随する勢力がほとんどいなくなった事が「額田郡一揆」が起こった遠因であると言われています。

当時の矢作川には堤防も橋もなく、網の目の様に川が流れ、大雨による氾濫の度に流れが変わる川でした。そんな矢作川でも比較的流れが一定になっている場所があり、そこが昔からの渡河地点になっていた様です。それが現在の大門周辺であり、「上の瀬」と呼ばれていた場所になります。井ノ口はこの上の瀬から東に進んだ場所に在り、物流の要所でした。一揆側は、鎌倉と京都を結ぶ街道を抑えることができる「井ノ口」に砦を構築する事によって物流を遮断し、いわゆる「通行料」を徴収していたのだと思われます。

結局、この井ノ口砦も牧野氏、西郷氏によって攻め落とされますが、この時なぜか首謀者たちは全員逃げ延びており、この首謀者たちの討伐に「松平信光」、「戸田宗光」が登場してきます。

額田郡一揆については、別記事にて取り上げていこうと思っていますので、追記させて頂いていこうと思っています。

参拝記

稲荷神社の北側から境内を望むと、まさに半島の様に突き出た場所に鎮座している事がわかります。昔の街道がどのあたりを通っていたのか分からないので何とも言えませんが、砦の造りからすると、現在道路が走っている辺りに街道があったのかな?と思いますが・・・。

こうやって急激に盛り上がった高台の周囲に堀や塀を設ければ、立派な砦になりますね。

参道入口

稲荷神社の境内に通じる参道はアスファルト舗装されて一般道としても使われている様です。その入り口部分に社号標と石灯篭が据えられています。

境内入口

石鳥居と石灯篭が一対据えられている境内入口になります。
境内の外周を通る道路はこの境内入口部分から左右に境内を回り込む感じの下り坂になっています。

入口の脇には・・・

井ノ口砦の説明となにやら弥生時代の集落跡である「楼遺跡」の説明がありました。弥生時代からこの辺りには人々が住んでいたことがわかりますね。

手水舎・水盤

露天の水盤が据えられていました。

社殿

切妻造瓦葺平入の拝殿になります。

本殿が鎮座している場所は、覆殿になっているようです。
資料によると流造の本殿が鎮座しているようですね。

境内周囲

改めて境内の周囲を歩いてみると、当時から流れていたのかは不明ですが稲荷神社の北側を川が流れていました。当時から流れていたとすると、うまく利用すれば水堀の様に使える訳で、この辺りも砦として使われた一つの利点になりますね。

参拝を終えて

稲荷神社の境内の片隅に、狛犬ならぬ狛狐が据えられていました。元々は拝殿の前におかれていたのかな?と思うのですが、境内を整備する時にここに固められたのでしょうか。

地図で鎮座地を確認

神社名 稲荷神社
鎮座地 岡崎市井ノ口町字楼二十八番地
最寄駅 名鉄バス 「岩津百々バス停」徒歩2分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

神社誌作成プロジェクト

次の目的地は?

「改正三河風土記を追う」

松平宗家二代目「松平泰親」の名前が書かれた棟札が見つかった「若一神社」を参拝します。

ちょっと寄り道

矢作川の渡河地点近くに鎮座するといわれている「八剱神社」を参拝します。

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