2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

弘法山 金剛寺(蒲郡市三谷町) 三河新四国四十五、四十六番札所

寺院情報

寺院名 弘法山 金剛寺
所在地 蒲郡市三谷町南山1-9
御本尊 子安弘法大師
宗 派 高野山真言宗
創 建 不明(寺伝では大同年間)
札 所 三河新四国霊場 四十五,四十六番札所
三河白寿観音霊場 二番札所
御朱印
H P

参拝日:2019年5月16日

弘法山金剛寺 公式ホームページのご紹介

金剛寺 高野山真言宗弘法山
高野山真言宗弘法山金剛寺のホームページです。昭和13(1938)年、篤信者の財閥が子授を願い、金剛寺と子安大師像を建立しました。子授以外にも安産、子育、交通安全、進学達成など、さまざまな祈願にご利益があります。

沿革・由緒

明治24年発行の「愛知県宝飯郡誌」を確認していると、今回紹介する金剛寺についての記載が見つかりませんでした。ただ現在金剛寺がある場所と同じ字名である南山に「弘法八十八ヶ所」があったと書かれており、「明治24年に武内廣三郎氏の発起で石像が建立された。」とあります。

ウイキペディアなどを見ると創建は寺伝として大同年間(806ー810年)に建立されたとありますが、明治時代に書かれた書物(しかも宝飯郡誌という役所が監修している書籍)にも寺院名が見つからないので大同年間に建立とはにわかに信じ難い感じですかねえ。また戦後直ぐに米軍に撮影された航空写真を見ても、それらしい寺院が写っていません。
昭和33年に弘法山と三谷温泉の温泉街になっていた乃木山がロープーウェイで結ばれ、一気に弘法山山頂が観光地化されることになります。

上記写真はロープーウェイが開通後の昭和36年に撮影された航空写真になります。ロープーウェイの路線を赤色で表示させて頂きました。左下が乃木山、右上が弘法山になります。そして、金剛寺がある場所は切り開かれていますが、伽藍などは見られませんね。

弘法山のロープーウェイの駅舎の目の前には、昭和十二年に建てられた「子安弘法大師像」が立っています。全高約30m、台座約7m、身長18.78m、錫杖22mという大きさの弘法大師像でして、なんでも東洋一の大師像と言われています。そして、なんでもこういった巨大な大仏、観音像などを通じて二本足(杖を合わせると三本)で自立している像でここまで大きい物はほぼ存在していないんだとか。安定性はどうなのかな?と思いますが、戦中発生した三河地震などでも倒れていないわけで、耐震性もかなり高いんでしょうね。※大師像については後で紹介させて頂きます。
この大師像の周囲には由緒の最初に紹介した弘法大師八十八ヶ所の各写し札所の石像が祠の中に安置されています。通称ミニ四国霊場と呼ばれる物ですね。

三河新四国霊場を行く

蒲郡エリア最初の参拝先は蒲郡市の三谷町にある弘法山の山頂にある四十五、四十六番札所「弘法山金剛寺」に向かいます。蒲郡市街から国道247号線を東進していくと信号のないT字を曲がる必要があって注意が必要です。

中央分離帯が切れている所から右折していくのですが、右折レーンが用意されていません。この国道247号線は非常に大型トラックなどの交通量が多く、追突防止の為にこの右折ポイントからかなり手前から右折ウィンカーを出して後続車にアピールする必要があります。ただ、札所番号通りに参拝している方は、豊川方面から向かう形になるので、この交差点を左折する形になるので、そこまでの心配はないかな。

参拝記

弘法山山頂ちかくにある金剛寺になります。ストリートビューをパーンしてもらうと展望台があり、三河湾が一望できます。山中にあるので、少しわかりにくいかもしれませんが、国道247号線から曲がって道なりに進んでいくと「金剛寺」の案内看板が出ているので指示に従って進んでください。

車の方は、金剛寺すぐ隣にある無料駐車場をご利用ください。

境内入口

寺号標と朱色の山門が目を引く境内入口になります。
山門周辺には崇敬者の方が奉納した苗木が植樹されていました。

寺号標

三河高野山金剛寺と彫られた寺号標になります。
「三河高野山」は山号でないのでご注意(?)を。

山門

袖壁が設けられた朱塗りの薬医門の山門になります。
車が山門を潜れるようになっている為か、他の寺院で見かける薬医門に比べてかなり大きく作られています。

山門をくぐると、石灯篭が並ぶ参道が本堂に向かって伸びているのがわかりますね。

南山楽土三尊仏

山門をくぐり、本堂に向かう参道の脇に据えられている「南山楽土三尊佛」と書かれた石碑と三体の石仏が据えられています。中央に子安地蔵、その両脇には慈母観音と普賢菩薩になります。

本堂

入母屋造瓦葺平入の向拝のもうけられた本堂になります。また本堂周囲には高覧のある濡れ縁が設けられています。鉄筋コンクリート造りの本堂になり、授与所は本堂の中にあります。

本堂に奉安されている子安弘法大師像になります。
色々新四国霊場の札所を巡ってきましたが、子安弘法大師像を拝見するのは初めてかな。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

納経を済ませ、納経帳に朱印を押して頂いている間、授与所に並んでいるお守りなんかをみていたら・・・

こうやくん」発見!

高野山開創1200年を記念して登場したイメージキャラクターの「こうやくん」なんですが、高野山開創1200年となる平成27年に向けて平成21年に誕生したようですね。ん?・・・こうやくん生誕10周年なんですね・・・

御朱印を頂き、本堂を後にしようと濡れ縁の所までもどると、ご覧の様な風景が広がっています。
もう少し木々が低いと三河湾も一望できそうです。そして、東洋一と言われる弘法大師像がそびえ立っていますね。

そして、この本堂の濡れ縁から西側を望むと・・・

国の天然記念物にも指定されている竹島が一望できます。この竹島には既に当サイトでも紹介していますが、西郡五社にもなっている「八百富神社」が鎮座しています。
この先、三河新四国霊場を巡拝していくと竹島を挟んで対岸にある札所へと向かう形になります。

マニ車塔

本堂の前には、非常に目を引く重層のマニ車塔が建っています。
そしてその塔の周囲には小型ながらマニ車が何十基も並んでいます。指示された道順でマニ車を回していくみたいです。

マニ車とは?


チベット仏教で使用される仏具になります。
円筒形をしていて、側面には「マントラ」が描かれており、中にチベット仏教の経文が納められています。このマニ車を回転させればさせるほど経文を読んだことになるとされています。

順番に並べられたマニ車を回していき、最後にマニ車塔に納められている大きなマニ車を回すのかな?と思ったのですが、残念ながら参拝した日はマニ車塔は施錠されていて中のマニ車を見る事はできませんでした。興味のある方は、「金剛寺 マニ車」で検索していただくとマニ車塔の中の写真を見る事ができますので、是非検索してみてください。

金剛寺のマニ車塔周囲に掲げられているマニ車ですが、希望すれば奉納することができるようです。

白寿観音

本堂脇には、白寿観音が安置されていました。
こちらの観音様が三河白寿観音霊場の札所本尊になると思いますが。

白寿観音とは?


ぼけ封じ祈願として開創された三河白寿観音霊場の観音様です。
77歳を喜寿、88歳を米寿、99歳を白寿としてお祝いする風習があります。白寿観音には元気に長生きできますようにという願いが込められている観音様です。

奥の院へ

金剛寺の参拝を終え、四十六番札所になっている金剛寺奥の院に向かいます。奥の院は何度も出てきている「弘法大師像」の所にありますので、金剛寺を出て移動する必要があります。

で、金剛寺の山門の対面にはこんな展望台が建てられています・・・。何時こんな展望台が作られたんだろう・・・。

筆者の記憶・・・


自分が小さかった頃・・・小学校2年生~4年生の頃の話になるので、今から40年ほど前の事なんですが、この金剛寺近くの病院に自分の祖父が入院しており、よくお見舞いのついでにこの金剛寺に訪れたものでした。その頃はお寺とか神社とかに興味はなく、金剛寺を参拝するというより、その当時、この金剛寺前で鹿園?があって、その柵の中にいた鹿に餌をあげるのが目的になってた感じがします。鹿園の柵の脇には一皿30円だか50円で餌が用意されていて、その餌を買ってもらって柵越しですが鹿に餌を挙げてました。その時には既にロープーウェイは廃線となっていて、後年ロープーウェイの存在を知り、もう少し営業していたら乗れたのにと残念な気持ちになったものです。

展望台から見た金剛寺全景

生目神社

金剛寺から奥の院に向かって歩いていくと、徐々に弘法大師像が間近に迫ってきている事がわかります。

おや?なにやら神明造の社が鎮座しています。

神明造の社は「生目神社」になります。その名の通り眼病に御神徳があると言われている神社のようです。


御本社は宮崎県にあり、日本で一社の目の神様として祀られています。昔より眼病に霊験あらたかなりと、信仰を集めております。
当社殿は九州出身で現在大府市にお住まいの上甫木マサ子氏が父が第二次世界大戦に於いて両眼を失い、生目大明神に祈願され御利益を頂き、御礼として御分霊をここに鎮め、広く御利益を授からんことを願い、奉建寄進した社です。

社前案内板より


奥の院

寄棟造瓦葺妻入りの奥の院になります。
お守り受所の看板が目立ちすぎて、正面が看板側と思われがちな感じですね。

残念ながら施錠されていたので中を確認することはできず。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

子安弘法大師像

そしてこちらが、昭和十二年に建てられたという「子安弘法大師像」になります。
詳しいことは、弘法大師像を取り扱っている他の方のホームページにお任せする事として、この弘法大師像が建っている周辺は由緒の所でも取り上げましたが、写し四国八十八ヶ所の写し霊場があります。

写し四国八十八ヶ所霊場

こんな感じで各札所ごとにコンクリート製の祠に各寺院の本尊と弘法大師像が収められています。このコンクリート製の祠は弘法大師像が建築された時に設けられた物なんでしょうか・・・。

いつも思うのですが、こんな感じのミニ四国霊場を廻ると、花が供えられている札所が1~2ヶ所だけあったりするのですが、一つ一つ管理されている人がいらっしゃるのか、それとも参拝されるかたが今日はここの札所に花を供えよう決めて供えられていらっしゃるのか・・・う~ん不思議です。

弘法山ロープーウェイ発着場跡地

昭和50年に廃止されたロープーウェイの上物はすべて撤去されているのですが、発着場の基礎部分はそのまま残っていました。そして、その跡地を利用して「ラバーズヒル」というカップル向けのスポットが設けられています。

まあこれはなんてことの無いカップル向けの施設でして、誓いの鐘が用意され、二人で鐘を鳴らした後、願いを込めた南京錠を柵に掛けて「二人の永遠の愛を誓う」という感じです。

以前、どこの場所の話だったかは忘れてしまいましたが、いつの間にか柵に鍵を掛けると二人は結ばれるという噂が広がって、無数のカギがその柵に掛けられてしまい柵が変形してしまい立て直したという話とか、景観を損ねるという事で鍵のついていた策はすべて取り替えて、別の場所にカギを掛ける事ができる柵を設けたとかの話を聞いたことがあります。南京錠って思いのほか重いんですよね。それが何百、何千となってくると、そりゃ柵くらい歪んてしまう重さになってしまうと思います。

まあ、近くにあるラグーナテンボスに遊びに来たカップルを呼び込むためのスポットなんでしょうけど、ただ・・・弘法大師像のすぐ隣に明らかに西洋風の施設を設けるのはどうなんでしょうかね。

御朱印

参拝を終えて

平成になり、蒲郡を訪れる観光客が急激に減少する事態になり、金剛寺がある三谷温泉も衰退の一途をたどっていたのですが、少しでも離れていく客足をもう一度蒲郡に向かわせるべく作られたのが「ラグーナ蒲郡」(現在では、ラグーナテンボスとなっています。)という遊園地とアウトレットモールになります。ただ・・・目の前を何度も通るのですが行ったことがないんですよね・・・。

すこしでも観光客が増えて、弘法山の山頂に立つ弘法大師像を眺めて、「なにあの像は?」と思って弘法山を登って金剛寺に参拝される方が増えるといいなあ~って思います。(予備知識がなく弘法大師像を見ても、弘法大師だとわかる方はほぼ皆無何だろうと思います。)

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やはり、旅先の情報はネット検索もいいですが、るるぶなどの旅行ガイド雑誌が一番ではないかなと思います。ネット情報はどうしてもディープになりがちで、いざ旅行に行こうと思っても、俯瞰的な情報が不足しがちな気がします。
やっぱり、”るるぶ”を見ながら、旅の予定表を作っていくのも、旅行の醍醐味ですよね。

所在地を地図で確認

寺院名 弘法山 金剛寺
所在地 蒲郡市三谷町南山1-9
最寄駅 JR東海「東海道本線」三河三谷駅 徒歩23分

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある”村の鎮守の神様”と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな”知多四国霊場”を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

少しでも巡礼の時にお役に立てる事もあるかと思います。是非一度読んでみてくださいませ。

次の目的地は?

三河新四国霊場四十五、四十六番札所「弘法山金剛寺」を後にし、四十七、四十八番札所「海平山 光昌寺」を目指します。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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