八百富神社(蒲郡市竹島町) 西郡五社

神社情報

神社名:八百富神社
鎮座地:愛知県蒲郡市竹島町三番十五号
御祭神:市杵島姫命
旧社格:県社
創 建:久安年間(1145~50年)
境内社:宇賀神社、大黒神社、千歳神社、八大龍神社
例大祭:十月第三日曜日
御朱印:○
H P:○

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愛知県蒲郡市の観光地「竹島」にある由緒ある神社『八百富神社』公式ホームページ

参拝日:2018年10月29日

御由緒

「明細帳」に養和元辛丑年(1181年)三月十八日創建とあるが、藤原俊成は後白河法皇の院宣により「千載集」を撰した前年で、竹谷・蒲形両庄は熊野三山に寄進した後で、久安年間(1145-50年)俊成が三河守の在職中に琵琶湖の竹生島弁天を勧請したと考える。徳川初期まで僧侶が祭事を行う。対岸の城山も社有地て、戦国時代鵜殿氏の居城で深く崇敬した。竹島の名は竹生島より一本の竹を持ち来たり植えたと「竹島縁起」にあり。徳川家康参詣あり神領四石二斗を献進。歴代の内府より同様の朱印あり明治に及ぶ。明治七年三月十二日村社に列し、同四十年十月二十六日、神饌幣帛料供進指定をうけ、大正五年五月二十五日、郷社に昇格。昭和十八年十月五日、県社に列格する。

「愛知県神社名鑑」より

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そこで、まずは竹島の八百富神社を参拝していこうと思います。

参拝記

グーグルマップを見て頂くと解りやすいですが、八百富神社は竹島という三河湾に浮かぶ島全体が境内地になっております。昭和七年に竹島と対岸を結ぶ橋が作られ、参拝が容易になったそうです。(現在の橋は昭和61年に作られた二代目だとか)

橋の海岸側には八百富神社への遥拝所が設けられており、橋が建設される前は、この遥拝所から参拝するか、船で竹島まで渡っていたそうです。

ちなみに、竹島全体が国の天然記念物にしていされています。

陸地側は黒松林が広がっているのに対し、竹島は小面積の割に草木が密生し常緑樹が多く繁殖しています。陸地に接近した島で、植物区系を異にする例は、東海地方では他にはなく、学術的価値のきわめて高い代表的な暖帯林になっているとかで昭和五年に天然記念物に指定されました。

遥拝所

八百富神社を望む遥拝所になります。石碑には「篠津遥拝所」と彫られています。
正面には台輪のある明神鳥居があり、狛犬も鎮座しています。

生年月日は調べ忘れてしまいましたが狛犬一対です。

入母屋造瓦葺平入の開放型の拝殿になります。遥拝所に設けられた建物を拝殿と呼ぶのかはいまいち自信はありませんが、ここから本殿を拝むわけですから、拝殿であってるのではないかと・・・。

この遥拝所には色々な石碑が据えられていますが、西郡松平氏由来の事が書かれた石碑がありましたので、ここに紹介します。和歌の部分は達筆すぎてなんて書かれているかわかりませんが・・・。

ここから参拝しても大丈夫なのですが、やはり橋がある限りは竹島に上陸していこうと思います。

埴輪のモニュメントに見送られて、竹島へ向かいましょう。

橋を渡りながら左手(東側)を望むと、山頂に何やら銅像が見えます。あれが三谷の子安弘法大師像になります。いずれまた近くにいってレポートする予定ですが、東洋一の高さを誇る子安弘法大師像なんだとか。

この辺りの世界一、東洋一、日本一などをうたう石造物は自称も含めてあちこちに点在していると思います。東洋一の子安大師像・・・日本一ではダメだったんでしょうかね・・・。

竹島入口

橋を歩く事数分、やっと鳥居が目前に見えてきました。
扁額が掲げられた台輪のある明神鳥居ですね。

この鳥居に掲げられている扁額ですが、初代は東郷平八郎元帥が奉納したものだったそうなのですが、太平洋戦争時の金属供出で亡くなってしまったそうです。昭和六十三年、地元との方達が新たに奉納されたそうです。重さは190kgもあるんだとか。

そんな重い扁額を掲げても石って折れない物なんですねえ・・・。

岩場に建てられている社号標と灯篭、さらに竹島弁財天と書かれた石碑になります。

海沿いの神社仏閣はこういった岩場、岩礁に石碑を立てていると、やっぱり絵になりますねえ。

そして、竹島が天然記念物であることを示す石碑になります。

竹島内参道

一の鳥居を潜り、いよいよ竹島内の参道を進み社殿を目指します。
いきなり強烈な石段のお出迎えです。

とりあえず石段を上ると、二の鳥居があり、その奥に狛犬が鎮座しています。
二の鳥居は台輪のない明神鳥居になります。

向かい合って座っているのではなく、正面を向いて並行に座っている狛犬になります。この辺りでは珍しい姿をしている感じですね。

更に石段は続きます。

そういえば、あまり参拝している時は気に留めなかったのですが、参道の両側に奉納された大量の八百富神社の幟がはためいていますね。これは一年間かかげられているんですかねえ・・・。

いよいよ石段のゴールが見えてきました。
頂上に見えるのは手水舎の屋根になります。

もう一息です。

手水舎・水盤

銅葺木造四本柱タイプの手水舎です。柱が非常に太く、どっしりとした安定感のある手水舎です。

神職が常駐している八百富神社の水盤は綺麗な水が張られています。
竜頭の給水口からは水がそそがれていました。

三の鳥居

手水舎の奥には三の鳥居が据えられています。

パッと見ると境内社の鳥居に見えてしまいますが、本殿へ続く参道上に設けられている鳥居です。

狛犬

生年月日は不明な狛犬一対になります。遥拝所に居た狛犬から数えて3対目の狛犬です。

社殿

入母屋造瓦葺平入唐破風の向拝が設けられた拝殿になります。
流造の本殿が鎮座しています。

境内社

三の鳥居のすぐ奥に鎮座する「宇賀神社」

三の鳥居のすぐわきに鎮座する「大黒神社」

拝殿のすこし手前に鎮座する「千歳神社」
祭神は、市杵島姫命を勧請し八百富神社を建立した藤原俊成卿になります。
社名の千歳は俊成卿が編纂した「千載集」が由来なんじゃないかな・・・。

拝殿の脇を通って島の南側に鎮座する「八大竜神社」

射場

今まで何度か八百富神社は参拝してきていたのですが、それまでまったく気にも止めなかったのがこの射場になります。例祭で弓道大会が行われている様で、

金的中と書かれた奉納額が掲げられていました。

ただ、あまりにもひっそりと掲げられている為、弓道大会のある例祭などに参拝していないとまったく気付かないのではないでしょうか・・・。まぁ、神社にある射場を気にする人もめったにいないとは思いますが・・・。

御朱印

参拝を終えて

非常に風光明媚な竹島ですね。

平日に参拝したんですが、非常に外国の観光客の方の参拝が多く、いつの間にやら竹島周辺はインターナショナルな観光スポットになっていた様です。

のんびり過ごすには本当にいい場所だと思います。

次の目的地は?

八百富神社の遥拝所の近くに「藤原俊成」卿の銅像が立っているそうなので、そちらを訪問します。

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