三河三弘法 三河国准四国霊場 三河新四国八十八ヶ所 刈谷市

天目山 密蔵院(愛知県刈谷市一里山町) 三河新四国霊場三番札所

2019年8月6日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

ONE POINT

 三河新四国三番札所、三河三弘法二番札所となっている刈谷市一里山町にある天目山密蔵院の紹介です。元々は真言宗の寺院でしたが江戸時代に大高村の長寿寺二世によって臨済宗に改宗し中興開山しています。

寺院紹介

寺院概要

寺院名天目山密蔵院
所在地愛知県刈谷市一里山町南弘法二十四番地

御由緒

 創建は不詳ですが、空海が弘仁十三年(822年)に富士山を巡った帰りに、この地に一ヶ月程逗留し、この地を去る時に一本の大木から自らの尊像を三体刻んだとされ、その内の一体がここ密蔵院の大師堂に奉安されています。この時空海が刻んだ三代の大師像を祀っている寺院の霊場を「三河三弘法霊場」と呼びます。

三弘法大師像

 空海(弘法大師)が弘仁十三年に、現在の知立市から刈谷市の辺りで約一ヶ月程逗留され、この時に知立市にある「弘法山遍照院」を建立したと伝えられている。そしてこの地を出立されるときに、一本の大木から三体の御自身の御像を刻んだという。

  • 見返弘法大師「知立市:遍照院本尊」
  • 見送弘法大師「刈谷市:西福寺」
  • 流涕弘法大師「刈谷市:密蔵院」

 何時の頃からか、この三体の大師像を巡る「三河三弘法霊場」として多くの巡拝者が参拝に訪れれており、愛知県下では一番賑わっている三弘法霊場ではないでしょうか。

 この流涕弘法大師像が奉安されている事から、密蔵院の創建は平安時代まで遡る事ができそうです。

 愛知県碧海郡史と寺頭の案内板に密蔵院の由緒が書かれいるのですが、元々は泉田村に立てられた真言宗の寺院だったようですが、元禄十六年(1703年)から正徳四年(1714年)の辺りで臨済宗の寺院として中興開山しています。

 この臨済宗へ改宗の上中興開山したのは、大高村の長寿寺の二世寛永年中是であるとしています。

大高村の長寿寺

知多四国霊場八十七番札所となっている「鷲頭山長寿寺」の事を指していると思われます。長寿寺も臨済宗永源寺派の寺院であることからほぼ間違いないとは思います。

鷲頭山長寿寺の紹介

創 建不詳
宗 派臨済宗永源寺派
御本尊弥勒菩薩

 富士松村大字一理山にあり。臨済宗東福寺派の寺院なり。初め真言宗なりしが後元禄十六年臨済宗に改む。安永三年雷火によって消失し、伝記悉く亡ふと伝ふ。安置の空海坐像は「三河三弘法」の一に数えられる。三河事記に伝ふ。大師堂元々泉田村閭中にありしが、尾張大高村長寿寺二世寛永年中是をこの今の地に移して大師堂と共に再建す。此の以前は真言宗なりしと。

愛知県碧海郡誌

 天目山と号し、臨済宗永源寺派に属する。弥勒菩薩を本尊とする。
当初真言宗で現在の泉田町にあったが、正徳四年(1714年)二月、木吟禅師により臨済宗に改宗され、永源寺(滋賀県)の末寺となった。安永三年(1774年)雷火にあい、焼失してしまったが、のち長寿寺(現名古屋市)二世が大師堂とともに再建した。大師堂には流涕大師が安置されている。三河三弘法の第三番札所になっている。

寺頭案内板

霊 場

霊場
大仙山 西福寺三河新四国霊場八橋山 無量寿寺
大仙山西福寺三河准四国霊場弘法山遍照院
大仙山 西福寺三河三弘法

三河三弘法記事一覧

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2021/2/7

弘法山 遍照院(愛知県知立市弘法町) 三河新四国霊場 開創札所

寺院情報 寺院名 弘法山 遍照院 所在地 知立市弘法町弘法山19 御本尊 弘法大師像、波切不動尊 宗 派 真言宗豊山派 創 建 弘仁十三年(833年) 札 所 三河新四国霊場 開創札所 (旧)三河新四国霊場 五十七番札所 三河三弘法 一番札所 東海不動尊霊場 十八番札所 御朱印 ○ H P ○ 参拝日:2019年1月9日 三河新四国霊場札所一覧 https://jinja.dr-leather.com/reijou-aichi/mikawasinsikoku/ 遍照院公式ホームページのご紹介 http:/ ...

三河三弘法 刈谷市

2021/2/7

井戸山泉龍寺(愛知県刈谷市一ツ木町) 井戸弘法

寺院情報 寺院名 井戸山泉龍寺 所在地 愛知県刈谷市一ツ木町大師井29 御本尊 不詳 宗 派 不詳 創 建 不詳 札 所 - 御朱印 ○ H P - 参拝日:2019年6月12日 三河新四国霊場札所一覧 https://jinja.dr-leather.com/reijou-aichi/mikawasinsikoku/ 沿革・由緒 三河三弘法の第二番札所「大仙山 西福寺」の道を隔てた場所に、当時の奥之院にあたる井戸山泉龍寺があり、「井戸弘法」とも言われ、弘法大師の命日には両寺とも参詣者が多い。 「西福寺現 ...

三河三弘法 三河新四国八十八ヶ所 刈谷市

2022/2/10

大仙山 西福寺(愛知県刈谷市一ツ木町) 三河新四国霊場二番札所

西福寺は刈谷市一ツ木町に建つ弘法大師所縁の寺院になります。平安時代の弘仁十三年にこの地に逗留した弘法大師が自ら刻んだ三体の御像のひとつ「見送弘法大師像」を奉安しています。三河新四国霊場二番札所、三河三弘法二番札所

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寺院情報 寺院名 弘法山 遍照院 所在地 知立市弘法町弘法山19 御本尊 弘法大師像、波切不動尊 宗 派 真言宗豊山派 創 建 弘仁十三年(833年) 札 所 三河新四国霊場 開創札所 (旧)三河新四国霊場 五十七番札所 三河三弘法 一番札所 東海不動尊霊場 十八番札所 御朱印 ○ H P ○ 参拝日:2019年1月9日 三河新四国霊場札所一覧 https://jinja.dr-leather.com/reijou-aichi/mikawasinsikoku/ 遍照院公式ホームページのご紹介 http:/ ...

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神路山 総持寺(愛知県知立市西町) 三河新四国霊場 一番札所

寺院紹介 ONE POINT  神路山総持寺は平安時代の嘉祥三年(850年)に三河国二宮であった「知立神社」の別当寺として建立された神宮寺七坊の玉泉坊が起源となる天台宗の寺院になります。その後、明治時代の神仏分離により神宮寺であった総持寺は廃寺となってしまい、本尊などは「神前山了運寺」に移されています。その後、昭和二年(1927年)に現在の境内地にて再建しています。 寺院概要 寺院名神路山総持寺所在地愛知県知立市西町新川四十八 御由緒 神路山 総持寺は、三河国二宮「知立神社」の別当寺として創建されています ...

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天目山 密蔵院(愛知県刈谷市一里山町) 三河新四国霊場三番札所

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八橋山 無量寿寺(愛知県知立市八橋町) 三河新四国霊場四番札所

寺院情報 寺院名 八橋山 無量寿寺 所在地 知立市八橋町寺内61-1 御本尊 聖観世音菩薩 宗 派 臨済宗妙心寺派 創 建 慶運元年(704年) 札 所 三河新四国霊場 四番札所 (旧)三河新四国霊場 六十番札所 御朱印 ○ H P - 参拝日:2019年6月12日 三河新四国霊場札所一覧 https://jinja.dr-leather.com/reijou-aichi/mikawasinsikoku/ 沿革・由緒 知立町大字八橋にあり。臨済宗の寺なり。世に「在原中将業平」の遺構として其の名高き八つ橋の ...

文化財

国 宝
国指定
県指定
市指定
町指定
村指定

参拝情報

御朱印
URL
駐車場
参拝日2019年6月12日

三河新四国霊場を行く

三河新四国霊場四番札所八橋山無量寿寺」を後にして、刈谷市にある三番札所天目山 密蔵院」を目指します。密蔵院は、三河新四国霊場の他に、「三河三弘法」の三番札所としても非常に有名で、弘法大師の月命日には三河三弘法を廻る方が多く訪れる寺院です。

参拝記

袖壁が設けられた鐘楼門と三河三弘法三番札所「流涕弘法大師霊場」の石碑が据えらえている境内正面入り口になります。非常に落ち着いた雰囲気のある入口かなと思います。

石柱

境内入口部分には、上記の石柱が据えられています。本四国お砂踏みの石柱が脇には、破損した三河三弘法の案内石柱もあったりします。石柱を見ていると、三河新四国霊場より三河三弘法を前面に出している事がわかりますね。三河新四国霊場の参拝記で何度か書かさせて頂いていますが、三河新四国霊場の札所案内石柱って非常に少ないんですよね。昭和三十年代に再興された霊場ですので致し方ない部分もあるのですが。

鐘楼門

袖壁の設けられた鐘楼門になります。
袖壁が設けられていない単体の鐘楼門を見ると、なんとなく不安定な感じがしていたのですが、袖壁が設けられるとそんな不安定さを感じない・・・自分の視覚というか感覚はいいかげんなものだなと改めて実感します。

手水舎

木造瓦葺四本柱タイプの手水舎になります。比較的大きめな手水舎ですね。

本堂

寄棟造瓦葺平入の向拝のある本堂になります。禅宗の寺院に多くある濡れ縁が設けられていない本堂の建築様式になります。

寺院名なんですが、禅宗の寺院に多くある、密蔵禅院と「」が加えられている様です。どちらが正式名称なんですかね。

大師堂

密蔵院の大師堂は、大師堂の正面に通じる石柱門から参道が設けられています。なかなか、新四国霊場を遍路した中でもこうした専用の山門、参道を有する大師堂がある寺院は記憶がないような気がします。

参拝用に切妻屋根の向拝の様な建物が設けられた大師堂になります。

大師堂自体は宝形造瓦葺の向拝が設けられた様式になっています。

毎月の月命日には大変多くの参拝される方が三弘法を遍路されるので、雨の日の為にこうした庇というか雨除けの屋根が必要なんでしょうね。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

本四国お砂踏み霊場

大師堂向かって左手に設けられた「本四国移しミニ霊場」になります。本四国お砂踏みとう石柱があった事から、それぞれの大師像の所にはお砂がまかれていると思います。

鎮守社

稲荷社と白山社が鎮守社として鎮座しています。

御朱印

参拝を終えて

「審栄講紀念碑」とあります。よくわからないのですが、三河三弘法を遍路、支えていく「講」という組織が発足したという碑なんでしょうかね・・。秋葉講ならぬ三弘法講という事でしょうか。

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やはり、旅先の情報はネット検索もいいですが、るるぶなどの旅行ガイド雑誌が一番ではないかなと思います。ネット情報はどうしてもディープになりがちで、いざ旅行に行こうと思っても、俯瞰的な情報が不足しがちな気がします。
やっぱり、"るるぶ"を見ながら、旅の予定表を作っていくのも、旅行の醍醐味ですよね。

所在地を地図で確認

寺院名天目山密蔵院
所在地愛知県刈谷市一里山町南弘法24(Googlemap
最寄駅鉄道:名古屋鉄道 名古屋本線「一ツ木駅」徒歩16分

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある"村の鎮守の神様"と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな"知多四国霊場"を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

少しでも巡礼の時にお役に立てる事もあるかと思います。是非一度読んでみてくださいませ。

次の目的地は?

三河新四国霊場2番札所大仙山 西福寺」を目指します。三河三弘法の二番札所でもあります。

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