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神路山 総持寺(愛知県知立市西町) 三河新四国霊場 一番札所

2019年8月12日

寺院紹介

ONE POINT

 神路山総持寺は平安時代の嘉祥三年(850年)に三河国二宮であった「知立神社」の別当寺として建立された神宮寺七坊の玉泉坊が起源となる天台宗の寺院になります。その後、明治時代の神仏分離により神宮寺であった総持寺は廃寺となってしまい、本尊などは「神前山了運寺」に移されています。その後、昭和二年(1927年)に現在の境内地にて再建しています。

寺院概要

寺院名神路山総持寺
所在地愛知県知立市西町新川四十八

御由緒

神路山 総持寺は、三河国二宮「知立神社」の別当寺として創建されています。

嘉祥三年(850年)、慈覚大師円仁が巡錫でこの地を訪れた際、毒蛇に噛まれ重篤となり知立神社に祈願したところ忽ち治癒しました。大師は神意に感謝し、別当寺院となる神宮寺を開いたと伝えられています。この時創建されたのが神宮寺七坊であり「玉泉坊、西林坊、一乗坊、宝蔵坊、小泉坊、吉祥坊」などが創建されたそうです。
総持寺は、塔頭の一つ玉泉坊が承応二年(1653年)、当時の住職宥海が寛永寺住職天海大僧正に師事したことから寛永寺の末寺となり寺号を現在の総持寺に改めました。
創建の経緯もあり、当時から神仏習合してきましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により住職が知立神社の神官となったため、廃寺となります。その後昭和二年(1927年)に再興され現在地に境内を移して堂宇も再建されました。

 又、徳川家康の次男である「結城秀康」を産んだ側室「お万の方」は知立神社の神官氷見氏一族から出たことからお万の方の生誕地とされ、境内入口に石碑が建立されています。

当ブログでは、知立神社の神宮寺七坊所縁の寺院を紹介してきています。
それが、知立三弘法の一番札所「亀岳山 宝蔵寺」、二番札所「神前山 了運寺」になります。現代まで残った神宮寺七坊の内3坊が、それぞれ宗派を改宗しながらも、弘法大師霊場の札所になっているという所に何か感じてしまいますね。

創 建嘉祥三年(850年)
宗 派天台宗
御本尊流汗不動明王

霊 場

  • 三河新四国霊場 一番札所
  • (旧)三河新四国霊場 五十八番札所
  • 三河白寿観音霊場 七番札所
  • 三河三不動霊場 一番札所

文化財

国 宝
国指定
県指定
市指定
町指定
村指定
愛染明王像

文化財

御朱印
URL
駐車場
参拝日2019年6月12日

三河新四国霊場を行く

いよいよ、三河新四国霊場遍路の旅も一番札所である「神路山 総持寺」にやってくることができました。札所順でもなく、自分がいける範囲から遍路を始めた結果、めっちゃ不規則な遍路になってしまったなと思うのですが、この廻り方だからこそ、総開帳の期間中にすべて回れたんだろうと思っています。

2019年に最初に参拝したのが、知立三弘法でした。由緒の所でも紹介しましたが、知立三弘法の 宝蔵寺と了運寺は、総持寺と共に知立神社の神宮寺七坊だったという縁があり、現在でも知立神社、そして総持寺とは非常に近い位置関係となっています。知立三弘法も是非廻られる事をお勧めします。

参拝記

寺院名神路山 総持寺
所在地知立市西町新川48
最寄駅名古屋鉄道 名古屋本線「知立駅」徒歩12分

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある"村の鎮守の神様"と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな"知多四国霊場"を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

少しでも巡礼の時にお役に立てる事もあるかと思います。是非一度読んでみてくださいませ。

次の目的地は?

三河新四国霊場を行く

 

三河新四国霊場開創霊場になっている「弘法山遍照院」を目指します。

ちょっと寄り道

 

三河国二宮だった「知立神社」を参拝します。

いよいよ、三河新四国霊場遍路企画も最後のお礼参りを残すのみとなりました。

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