西尾弁財天(愛知県安城市安城町)

神社紹介

神社名西尾弁財天
鎮座地愛知県安城市安城町若宮六十番
御祭神市杵島姫命
旧社格
創 建不詳
神名帳
境内社
例祭日
御朱印
H P

参拝日:2020年6月29日

御由緒

 安祥城周辺には平安時代に「志貴荘下條」と呼ばれる荘園が広がっていました。そしてその志貴荘下條には「甲山寺」と安城六坊と呼ばれた寺院があったといいます。その六坊の中の「極楽坊」の門前広場に設けられた市場の守護神として祀られていたと伝えられているそうです。
 往古、この地から清水が湧き出でており、稲作灌漑の用水として使われていたと言います。そして弁財天を農業神とする信仰もあり、湧き出でる池に弁才天を祀る御堂を建立したそうです。

歴史探訪

 「安城古城/紹介記事」を紹介した時、安城古城は志貴荘下條を納める館跡という説があると紹介しています。そして、今回紹介する「西尾弁財天」も関係している甲山寺及び六坊の創建は大同三年(808年)伝教大師(最澄)によるものと伝えられている事からも平安時代初期から安城古城周辺は志貴荘下條の中心地であったことが推測されます。

 甲山寺及び六坊の内四坊は松平清康が岡崎城に居城を移した際、岡崎城の鬼門守護として岡崎城北東の六供に移されています。現在でも岡崎市六供に「甲山寺」はあります。同時に移された四坊の内、極楽坊以外の三坊は衰退し廃寺となっていました。そして明治になり、極楽坊は元々あったという安城町に再度移り現在では「安祥毘沙門天」として安城市東明町にあります。

参拝記

 県道286号安城桜井線と県道48号岡崎刈谷線が交わる「安城町宮前」の交差点を北に進み、東明町交差点の手前の左手にある駐車場の奥にこんもりとした森が見えてきます。この森が今回参拝する「西尾弁財天」になります。

 西尾弁財天という名前からわかる様に七福神に名前を連ねている「弁財天」を祀っていた所、明治時代に神仏分離で、仏教系の「弁財天」と神道系の「市杵島姫命」のどちらかを選ばなければならない事になり、現在では「市杵島姫命」を祀る神社となっているようです。

 時の明治政府は明治天皇を現人神とし、政治体制も政治のトップである「太政官」と祭祀のトップである「神祇官」を同じ位にするなど急激な神道の国教化を進めていた訳で、そんな政府の意向もあり、「お宅は仏教系の弁財天と神道系の市杵島姫命をどっちを選ぶの?」なんて聞かれたらそりゃ市杵島姫命を選びますわね・・・。さらに廃仏毀釈の動きも全国的に広がっている中だったはずですので、弁才天を選んだら破却されてしまう恐れもあったわけですからね。

ここ西尾弁財天は周囲を池で囲まれ、池の中央に祠が建っている様式になっています。弁天堂とか市杵島神姫社などはこうした池の中に建っている所が多いですよね。

 境内にある市の保存樹でもある「モチの木」です。街中にあり、どうしても境内から道路に向けて枝が伸びないように剪定されていて枝を切った跡に目が行ってしまいますが、こうした町の中の巨木は剪定しないと電線と枝が架かってしまう事があるので仕方ない事なんですけどね。しかし、選定しなかったらどれだけ枝が張り出していたのか興味がありますね。

地図で鎮座地を確認

神社名西尾弁財天
鎮座地愛知県安城市安城町若宮六十番
最寄駅名古屋鉄道西尾線「南安城駅」徒歩5分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である”天照大御神”とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

仏縁堂ブランド:リアルさ違いますよ・鳥居付神棚(ITSUKU)総檜 お札立て お札入れ 朱印帳立て
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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

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