2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

知多高野山 喬正院(知多郡美浜町野間)

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寺院情報

寺院名 知多高野山 喬正院
所在地 愛知県知多郡美浜町野間前川九十五番地四
御本尊 延命地蔵菩薩
宗 派 高野山真言宗
創 建 平成六年(1994年)
札 所
御朱印
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参拝日:2018年10月24日

喬正院公式ホームページのご紹介

知多半島 高野山真言宗 喬正院HP 厄払い護摩祈祷 三面大黒天
当山 喬正院は、全国約4000ヶ寺 高野山真言宗の総本山 金剛峯寺の知多半島唯一の末寺です。

知多新四国霊場公式ホームページのご紹介


知多四国公式サイト | 愛知県知多半島にある知多四国八十八ヶ所霊場の公式サイトです。

沿革・由緒

一九九四年、当地の大願主であった森田美喬翁の寄進により、高野山真言宗 金剛峯寺の末寺として建立されました。
本尊の地蔵菩薩は、寛永二年(1625年)、飛騨の名僧であった法橋了真が、易産と福育を願い一刀三礼でお彫りになられたと伝えられております。美喬翁は自身の念持仏であったその地蔵菩薩の夢告により、山陰の地である温泉津に砂山鉱山を掘り当て、事業の大願を成就されたそうであります。
また本堂内にはおよそ六百躰もの大黒天が奉られており、中でも当山の秘仏「神将三面大黒天」と忿怒のお姿で、開運厄除、財運招福、病気平癒、立身出世、学業成就、必勝成就、家運繁栄、家屋堅牢など、ありとあらゆる御霊験があらたかであり多くの信仰を集めております。

境内縁起」より

知多四国霊場を行く

野間大坊を散策している時に、ふと紅白の幟に「南無大師遍照金剛」と書かれた幟が建てられれている寺院を見つけました。知多四国霊場の札所ではなさそうだったのですが、巡礼中に弘法大師に関連する寺院に出会ったという事で参拝に立ち寄っていく事にしました。


管理人が行く知多四国霊場巡礼の旅

知多新四国霊場を行く
知多新四国との出会い 当ブログの企画の中で、歴史紀行という企画がありまして、源義朝繋がりで愛知県知多郡美浜町にある"野間大坊"周辺に伺い、記事にもさせて頂いております。 五十三番札所である"鶴林山 安養寺"に伺った時に、その出会...

参拝記

野間大坊から西に進んでいくと、道沿いに紅白の「南無大師遍照金剛」の幟が掲げられている寺院が「喬正院」になります。縁起を見ると、平成六年建立と寺院としてはすごく新しい寺院になりますね。無住化とか廃寺などが問題になっている所で平成の世に新たに建立される寺院があるとは、正直思ってもみませんでした。

境内入口

喬正院の境内入口も山門部分が奥まった凹字の様になっています。
そして潜り戸の設けられた薬医門の山門が設けられています。

手水舎・水盤

瓦葺木造四本柱タイプの手水舎になります。
境内の広さの都合で、本堂への参道沿いではなく、山門のすぐ脇に据えられています。
平成になって作られた手水舎ですので、見えない柱の中に耐震金具などを使用して耐震性を上げているんでしょうね。

本堂

入母屋造瓦葺平入の向拝の設けられた本堂になります。
護摩焚きをされる部分に換気口が設けられているのか、本堂側面にダクトが出ていますね。現代建築は気密性が高い為、こういった寺院建築の場合、それが仇となって換気設備を導入しないといけなくなるのかもしれませんね。

本堂の中には数多くの大黒天が安置されており、自分が参拝した時も「是非拝観して行ってください。」と声をかけて頂き、大黒天をじっくりと拝見させて頂きました。

本堂内には弘法大師像も安置されています。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

御朱印

参拝を終えて

自分が参拝した時は、毎月24日に行われている「 地蔵菩薩 加持祈祷 法話」の日だったようで、丁度法話を聞き終わった参加者の方が帰られていく時でした。そんな事も知らずに、境内に入っていったので、むしろ目立っていたのかもしれませんね・・・。

次の目的地は

野間を抜け出して、次は知多四国霊場五十七番札所「孔雀山 報恩禅寺」を目指します。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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