知多四国八十八ヶ所 知多郡美浜町 野間開運霊場

祥雲山 瑞境寺(知多郡美浜町野間) 知多四国霊場 五十六番札所

2019年4月6日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

寺院情報

寺院名 祥雲山 瑞境寺
所在地 愛知県知多郡美浜町野間松下八十五番地
御本尊 白衣観世音菩薩
宗 派 曹洞宗
創 建 文禄元年(1592年)
札 所 知多四国霊場 五十六番地
野間開運霊場 三番札所
御朱印
H P

参拝日:2018年10月24日

知多新四国霊場公式ホームページのご紹介


http://chita88.jp/

沿革・由緒

文禄元年(1592年)の開創といわれ、現在の伽藍は宝暦七年(1757年)七世雷渕黙要和尚が新築し中興の開山となります。
本尊の白衣観世音菩薩は日本三体の中の一体と伝われていて、母胎の中で子が育っていくように、万物を包容して、どんな願いも成就されるといわれる霊験あらたかな観音様と伝えれています。薬師堂に奉安されている薬師如来像は行基大菩薩の作と伝えられていて、その厨子には菊と桐の金紋が許されています。

知多四国めぐり」より

祥雲山 瑞境寺 沿革

文禄元年(1592年)、真受珠公首座が開基となって創建されて、延宝二年(1674年)に蘭峰盛曇和尚が法地開山となりました。
現在の伽藍は、宝暦七年(1757年)に七世雷渕黙要和尚が建立し、その後、天宝四年(1833年)には諸堂が完備して現在に至っています。
本尊の白衣観世音菩薩は。息災除病・諸願成就の菩薩として信仰され、脇侍には不動明王と毘沙門天王が祀られています。
境内には、弘法大師を中心として、薬師如来・十王などを祀る合祀堂と、片岡聖観師作の聖観音像があります。

境内案内板」より

知多四国霊場を行く

五十二番札所「鶴林山 密蔵院」から南に200mほど進んだ場所にあるのが今回紹介する「祥雲山 瑞境寺」になります。瑞境寺の前は自主的な一方通行になっていまして、駐車場にはぐるっと回り込む形で向かう形になります。


管理人が行く知多四国霊場巡礼の旅

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参拝記

上記でも述べていますが、グーグルストリートビューでも見て頂くとわかりますが、この寺号標のある参道からは進入禁止になっていて、右側の道路からぐるっと回り込んで境内脇にある駐車場に車を停めて参拝する形になります。
都歩で参拝している方には関係ないですが、車で巡礼している方は注意してくださいね。

寺号標

山号と寺号が彫られた寺号標になります。この寺号標の反対には・・・

「新四国第五拾六番札所」と彫られた知多四国霊場札所案内石柱が建っています。

境内入口

参道を登っていくと、瑞境寺の境内を囲む土塁壁が見えてきます。本堂の正面には、山門を有する境内入口があります。

山門

潜戸の設けられた袖壁を有する薬医門の山門になります。

手水舎・水盤

木造瓦葺四本柱タイプの手水舎になります。
柱が非常に高く、とても腰高の印象を受ける手水舎ですね。屋根の造りは質素な構造になっているので、そこまで屋根上重量が重いわけではないとはおもうのですが、柱の転びが付けられていてもちょっと不安定な感じは否めない手水舎ではないでしょうか。

本堂

入母屋造瓦葺平入の向拝が設けられた、中央に本尊である白衣観世音菩薩が安置されている本堂になります。
時より修繕工事が行われている為なのか、築二百年ほどの本堂は見えないですね。

大師堂

本堂向かって左手に建つ、大師堂になります。
中央部分はガラス張りになっていて中の様子を窺う事ができるのですが、写真が反射してしまってうまく取れませんでした。中には由緒にもありますが、中央に弘法大師像、そして薬師如来・閻魔大王を中心とした十王が奉安されています。

 

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

忠霊観音

境内には、忠霊観音が安置されていました。なにやら、この忠霊観音なんですが、かつてこの地を襲った災害の被災者を弔った観音様になるんだとか。名称から忠魂碑みないたものかなと思っていたのですが違った様です。

鎮守社、稲荷社

寺号標の建つ参道入口から徒歩で参拝していくと左手に幟が見えてくるのですが、稲荷社と詳細不明な祠が三社鎮座している場所があります。祠の手前には元々鳥居があったであろう基礎部分もあるのですが、現在はご覧の通り鳥居は存在しておりません。

場所から考えるに、瑞境寺の鎮守社何だろうとは思うのですが詳細は不明です。ただ幟が数基奉納されているので、この野間地区の稲荷社として祀られているのかもしれませんね。

御朱印

参拝を終えて

瑞境寺が建っている場所が大御堂寺近くになる為、最初は大御堂寺関連の寺院なのかな?と思っていたのですが、由緒を見ていると無関係の寺院の様です。

次の目的地は

五十六番札所「瑞境寺」を後にして、次は五十三番札所「鶴林山 安養院」を目指します。この知多四国霊場の巡礼を始める切っ掛けとなった安養院に、半年ぶりに参拝することになりました。ここの住職さんと会話をしなかったら知多四国霊場の巡礼の旅なんてやってなかったはずですので、ある意味大きく運命を変えて頂いた寺院になりますね。

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