2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

金龍山 泉徳寺(西尾市吉良町津平) 三河海岸大師 八十二番札所

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寺院情報

寺院名:金龍山 泉徳寺
鎮座地:愛知県西尾市吉良町津平
本 尊:不明
宗 派:臨済宗 妙心寺派
創 建:不明
H P:-
札 所:三河海岸大師 八十二番札所

沿革・由緒

詳しい由緒は分からないのですが、幡豆郡横須賀村誌によると、以前紹介した”観音寺”と同じく、大原雪斎(宝珠護国禅師)により開山されています。


観音寺(西尾市吉良町)


津平という場所は、その昔は入江の一番奥側にあった港町だったため、非常に人の流れ、物の流れが非常に盛んだった賑やかな場所だったんだと思います。そこに今川氏の威光を示すがごとく大原雪斎が臨済宗妙心寺派の寺院を建立していったんでしょう。

参拝記

衣浦から蒲郡方面に抜けていく主要道路である県道41号線の南側にあるのが今回紹介する泉徳寺になります。この辺りは路地が入り組んでいる為非常に場所がわかりにくいので注意が必要です。

山門がない泉徳寺の入口になります。本堂の造りから見て、寺社標がや幟がなかったらここに寺院があるとはわからないですね。

切妻平入の本堂になります。非常に質素な造りですね。

この泉徳寺には、西国観音堂が安置されています。
情報はなかったのですが、もしかしたら吉良西国三十三観音の札所のひとつかも?

大師札所を示す様に、大師堂がありました。
一番右側には、右手にサバを持つ鯖大師もお見えになりました。

所々で見かける鯖大師像。何故に弘法大師様が鯖を持っているのか。

徳島県にある八坂寺には、弘法大師伝説が残っていて、この伝説が鯖大師に繋がっていきます。

伝説に拠れば、平安時代初期の弘仁年間(810年 – 823年)に空海が八坂八浜を訪れた際に、行基手植えの松の下で野宿し行基の夢を見た。そこを塩鯖を馬に背負わせた馬子が通りがかった。空海が塩鯖を所望したところ、馬子は口汚くののしり断った。坂にさしかかったところで馬が急に苦しみ動かなくなった。慌てた馬子は先ほどの僧は巡錫中の空海に違いないと思い、空海に鯖を差し出し馬を治して欲しいと懇願した。空海が加持水を馬に与えたところ、馬はたちまち元気になった。また、空海が法生島(ほけじま)で先ほどの塩鯖に加持祈祷を行い、海に放ったところ塩鯖は生き返り泳いで行った。これに感服した馬子は空海の弟子となり、この地に小堂を建て行基の像を祀り「行基庵」と名付けた。また「鯖瀬庵」とも呼ばれた。空海が加持祈祷を行った海岸は鯖瀬(さばせ)と呼ばれている。

出典:Wikipedia

現在、八坂寺は四国八十八ヶ所霊場では番外札所になっています。


八坂寺(鯖大師本坊)


これからも鯖大師様と出会う機会は多いと思うので、出会った時には紹介していこうと思います。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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