城跡巡り

島田城(名古屋市天白区島田)

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

ONE POINT

室町幕の初期に三管領と呼ばれる「斯波氏」が尾張国の交通の要所とされるこの地に城を築いたのが始まりであると伝えられている城で、後に斯波氏の末裔である「牧氏」が本城である小林城の出城として整備した。現在でもこの地には牧姓が多いという。

城郭紹介

城郭情報

城郭名島田城
所在地愛知県名古屋市天白区島田5丁目地内
築城主斯波高経
築城年不詳(斯波高経の経緯から室町時代初期か?)
城形状平城
規 模東西四十二間(約76m)南北百一間(約182m)
廃城年不明
遺 構土塁

文化財

国 宝
国指定
県指定
市指定
町指定
村指定

見学情報

御城印
駐車場
訪問日2022年4月6日

御城印の保管に

 御朱印ブームの柳の下のどじょうではないですが、ある時まさに彗星の如く登場した感のある「御城印」。各神社や寺院で押印してきた御朱印と異なり、各地方自治体が観光PRも兼ねて発行している事もあり、御城印を用意する城址の数がまさに「うなぎ上り」の如く増加しています。
 御朱印帳に記入していただく御朱印と異なり、御城印は基本書置きの物になり、またそのサイズも統一されているわけではないようです。そんな御城印を管理される場合、ポケット型の御城印帳が非常に役に立ちます。御城印を集められる方は是非用意してほしい一冊です。

 

沿革

 後醍醐天皇の「建武の新政」に反旗を翻し北朝を樹立させ室町幕府をひらいた「足利尊氏」。その足利氏の一門である斯波高経は尾張、遠江、越前の守護職となり、鎌倉街道が通り交通の要所となるここ島田の地に城を築いたという。

斯波氏とは?

 室町幕府の足利将軍家の一門であり、細川氏、畠山氏と並び管領を歴代務めたことから「三管領」と呼ばれる一族になります。しかし、八代将軍足利義政の時代になり、斯波氏の跡目争いが応仁の乱勃発の一因となったとも呼ばれる様に、斯波氏の当主の座を競った戦った結果、それまでの守護国であった越前や遠江を失い、なんとか尾張一国のみの守護職を務めるまでに凋落してしまいます。

 尾張国の守護職としての実権もいつしか守護代である「織田氏」に簒奪されてしまいまさに織田氏の傀儡となってしまった 

室町幕府の最初は三管領のひとつにその名を挙げられるなど幕政の中枢に大きな影響力を持っていた斯波氏ですが、応仁の乱などを経て勢力を失墜させてしまい、最初は尾張国一国の守護職となっていました。しかも尾張国守護職といっても実権は元々守護代だった織田氏に牛耳られており傀儡といっても過言ではない立場となっています。

 そんなかつての栄華も遥か昔となってしまった戦国時代になると、斯波氏の一族で尾張川村北城主である「牧長義」が織田信秀に仕え、その妹を娶った関係で小林城(現在の名古屋市中区大須)を与えられ、小林城の出城として島田城を改修し、長義の母方の一族である「牧氏」に守らせたという。長義は牧氏に入婿という形だったのかも?

 その後も牧一族はこの地に住み続け、現在でも島田城址周辺には牧姓の一族が多いと言われています。

主な清州城主

  • 牧長義
  • 牧虎蔵

訪問記

菅田神社」から鳴海街道を北東に750mほど進み、街道から住宅地の路地2本ほど入った先にまるで土塁跡のような場所があり、その脇に名古屋市教育委員会が設置した島田城址の案内看板があります。この場所に今回紹介する島田城が広がっていた様です。一説には大凡70m×180mという規模の城郭だったそうですが、この看板が島田城のどのあたりにあたるのかは不明です。

 牧氏がこの島田城を改修した時に、白から見て北東の鬼門の位置に鎮座する熊野神社(現在の島田神社)を鬼門除けとしたとされ、さらにその熊野神社の脇に建つ「地蔵寺」も牧氏が関わってくるなど出城として整備された島田城ですが城下もかなり整備がすすめられた感じです。

 名古屋市の住宅地のど真ん中にまさに場違いな感じで島田城の土塁跡と伝えられる場所があります。これだけみるとどの方向に伸びていた土塁なのでしょうか?形状的には土塁を輪切りにしたような感じを受けますが、そうなると厚みがありすぎる気もしますし・・・・。どうなんでしょうね?。

 そして、土塁脇に名古屋市教育委員会が設置した島田城址の説明板が設置されています。名古屋市の史跡などを巡っているとよく見かける立札の様な案内板になります。シンプルなんですが、こうした比較的マイナーなスポットにもしっかりと案内板が設置されているのは非常にありがたいです。

 説明板の脇からなにやら歩道が伸びていて、土塁跡の上に向かって石段が設けられています。この先には・・。

 瑞垣が設けらえた基壇上に御社が鎮座しています。どういった由緒のある神社なのかは不明ですが、島田城主だった牧一族を祀る社の様な気がします。

地図で所在地を確認

城郭名島田城
所在地名古屋市天白区島田5丁目地内
最寄駅電車:名古屋市営地下鉄鶴舞線「塩釜口駅」徒歩25分
バス:名古屋市営バス「島田バス停」徒歩4分

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