椎根津彦命

椎根津彦命とは?

 古事記では「槁根津日子(さおねつひこ)」、日本書紀では「椎根津彦(しいねつひこ)」とよばれ、または「珍彦(うずひこ)」とも呼ばれる事のある日本神話に登場する神になります。

 元々「珍彦」と呼び、「彦火火出見」の東征において速吸門で出会った国津神で、船路の水先案内人として宇佐に無事たどり着くことができたという。宇佐にたどり着くことができた「彦火火出見」は珍彦に「椎根津彦」の名を与え、東征軍に随行させています。
珍彦が彦火火出見の前に登場する場面が記紀に描かれています。
「古事記」・・亀の甲羅の上に乗っていた珍彦に棹をさし渡し御船に引き入れた。
「日本書紀」・珍彦が曲浦で魚釣するところを椎の棹を授けて御船に引き入れた。

 また、日本書紀では、大和国に入国する際、「彦火火出見」に献策して兄磯城を挟み撃ちにより破ったと記されてています。その後、大和国を平定した「彦火火出見」は辛酉年1月1日、橿原宮にて初代天皇となる「神武天皇」として即位しています。

 辛酉年1月1日とは西暦では紀元前660年2月11日となり、現在の日本国憲法下においても、2月11日は建国記念日(旧:紀元節)として国民の祝日となっていますね。

神武天皇の即位後に椎根津彦は褒賞として「倭国造」に任命されています。倭国造とは、大和国周辺を支配した国造であり、大和朝廷の国家機関とは別に現代的に言えば「知事」の立場にあたるのが「国造」といっていいのかなと思います。

御神徳

 明確な御神徳というのは不明なのですが、椎根津彦命が登場した場面を思い起こすと、速吸門という流れのはやい海峡にて出会い、棹(櫂)を渡され船に乗り込み水先案内人として一行を無事宇佐にたどり着けさせている事から、水運の安全や船舶の舵取などを司る神として描かれているのではないかと思います。

椎根津彦命が祀られている神社

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