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白山神社(愛知県安城市大岡町) 三河三白山

2020年7月30日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

神社紹介

神社名白山神社
鎮座地愛知県安城市大岡町宮東四十三番地
御祭神菊理媛命、伊弉諾命、伊弉冉命
旧社格郷社
創 建伝:養老二年(718年)
神名帳
境内社秋葉社・荒神社・地主社・天神社・熊野社・稲荷社
愛宕社・大己貴社・若宮社・八幡社・金剣社
比蘇天神社・山神社・須佐之男神社・市杵嶋社
例祭日十月十九日
御朱印
H P

参拝日:2020年7月12日

御由緒

 愛知県神社名鑑や境内に据えられている由緒書きなどでは、白山神社の創建は養老二年(718年)とされています。この創建年は、ここ白山神社と共に「三河三白山」を形成している桜井町の「桜井神社/紹介記事」、上条町の「白山媛神社/紹介記事」と同じ年の創建となっています。この事から、三河三白山の三白山神社の創建にはこの地に白山権現を勧請し後に桜井神社の宮司となった「野田氏」の祖と言われる「野田熊勝」が関与しているといえるのかもしれません。

三河三白山を巡拝し、由緒などを調べてみると、
・三社とも創建年代が「養老二年(718年)」
・社伝などが残っているのは、松平家が安祥城を納めるようになって以降
・特に松平清康が崇敬し、その後徳川家康も社殿造営や寄進などを行う
といった一致点が見えてきます。

 松平清康自身が白山権現を崇敬していたのかは不明ですが、祖父清康に憧れていたとされる家康が清康が崇敬していた神社を厚く庇護していく中で、白山信仰により由緒が書き換えられていったと考える事ができそうです。
 そんな自分の考えを後押しするように、近年安城市によって現地に設置された説明板によると、元々は大岡明神と称し、祭神として「椎根津彦命」を祀っていたとされ、天正年間(1573-91年)に白山権現と大岡忌寸(地主神)を勧請合祀したと書かれています。しかし、現在神社名鑑などに書かれている祭神の中には椎根津彦命や大岡忌寸の名前は出てきません。
 どういった資料が存在していたのかは不明ですが、明かに社伝とは異なり後から白山権現が合祀されたという事が書かれています。
 江戸時代には白山神社の別当として「源覚寺」が祭祀を行っていたと言い、明治政府による神仏分離令により廃寺となったと言います。この神仏分離令のごたごたの中、椎根津彦命や大岡忌寸が忘れられてしまったのかもしれません。

 創建は養老二年(718年)九月十九日と伝う。「旧祠図」に天文二年(1533年)松平清康社殿を再建する。天文年中に織田信長の兵火にょり社殿を始め旧記類を失う。徳川家康、社殿を復旧再建し慶長(1596年)以降高百三十八石を朱印寄進明治維新まで続いた。十月十九日の例祭は岡崎侯より社寺係が出仕して祭典を執行し氏子十七ヶ村の者、笛太鼓を打ち鳴らし飾馬を引き連れて参拝する境内立錐の余地なしと、明治に入り氏子は大岡一村となったが駈馬など行う。明治五年十月、村社に列格し、同二十九年九月、郷社に昇格した。同四十年十月二十六日神饌幣帛料供進指定社となる。

愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」より

※十七ヶ村とは、大岡、高木、山崎、牧内新田、別郷、西別所、東別所、富永、新堀、桑子、上池端、下池端、小望、坂戸、館出、八村、河野島

歴史探訪

 白山神社が鎮座する「大岡」の地を本貫とし、松平家、徳川家に仕えた一族がいます。清和源氏の新田支流大井田氏族になる「大岡家」になります。
 南北朝時代、新田義貞軍の残党狩りから逃れ碧海郡大岡郷に逃げてきたのが「大井田重辰」という武将で、その後大岡明神の社家である「大岡忠喜」の婿となり「大岡」を称しています。

 歴史や時代劇などが好きな方は、「お?大岡越前として有名な大岡忠助の一族か?」と思われる方もいらっしゃるかと思います。しかし残念ながら全く血縁関係は無く、偶然、同時代に同じ主君に仕えていた同姓の武将だった訳です。(ちなみに、大岡忠助を輩出する大岡家は藤原北家の後裔であり、八名郡大岡郷に居し「大岡」を称するようになっています。)

大岡一族の紹介

 大井田(大岡)重辰の五代孫にあたる「大岡介宗」が松平広忠に仕え岡崎町奉行を勤めています。介宗の子「大岡介次」は徳川家康に仕え、遠江国において町奉行を勤め、関東移封で小田原城下に移っています。介次の子「大岡清勝」は三方ヶ原の戦いでは本多忠勝の与力として参戦し、大賀弥四郎謀反の鎮圧の際に米河内城攻めで倉地平左衛門を討ち取る戦功をあげ、その後の家康の戦においても戦功をあげ一千石の旗本となっています。

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参拝記

 県道47号岡崎半田線の大岡交差点から北側を望むと突き当りに赤い鳥居が見えています。この鳥居が今回参拝する「白山神社」の鳥居になります。駐車場は白山神社の境内に建てられた公民館の駐車場を使用する形になるのかなと思うのですが、日中施錠されていることもあり、この場合、通行の邪魔にならない場所に車を停めて参拝する形になります。

境内入口

 鳥居前には鹿乗川の支流が流れており、川を渡る石造の太鼓橋が設けられていて、その先に、朱塗りの鳥居、更にその先に朱塗りの神門が見えます。神門の先に、社殿を望むことができます。これだけ太鼓橋から本殿までまっすぐ配置され、それが元々は参道だったであろう道から望むことができる神社は実はありそうであまり見かけないんですよね。

 社号標

 旧社格である「郷社」が彫られた社号標になります。
 社号標の前には、安城市教育委員会によって設置された白山神社の説明板があります。この説明板と参道を挟んで反対側に据えられている神社が設置した由緒書きと神社の由緒について異なる内容が書かれているのが興味深い所ですね。

鳥居

 朱塗りの両部鳥居になります。よく手入れされていて綺麗な朱の色が輝いています。

三河三白山の碑

 鳥居を潜ると、「史跡三白山神社」と彫られた碑が建てられていました。形状は異なりますが、三河三白山に指定された神社すべてで三白山の碑が建っています。

神門

 ここ白山神社はこの辺りでは少数派ともいえる社殿配置となっている神社になります。本殿、幣殿、拝殿を神門と袖壁、土壁、玉垣などで囲んでいいます。
 神門は朱塗りの四脚門となってて、左右に潜戸が設けられた朱塗りの袖壁が設けられています。この辺りにはそもそも神門が設けられている神社が少ないというのと、仮に設けられていたとしても、社殿を囲む瑞垣の様な様式となっていて神門の前に遥拝所が設けられていてそこで参拝する形式をとっている神社が大半となっています。

通用門

 神門から朱塗りの袖壁が伸びていると紹介しましたが、その先には上記のような築地塀に変わって、境内を南北に仕切るかのように伸びています。この築地塀を修繕記念の立札が掲示されていて「信長塀」と書かれていたのですが、熱田神宮に織田信長が奉納いした「信長塀」に形状がよく似ている事からそう称しているっぽいですね。この築地塀の一角に通用門が設けられていました。この通用門が設けられている辺り、やはり本来神門は閉じられていたという事なんだろうと思います。

 上記ストリートビューは白山神社の境内の東端部分になります。境内を南北に仕切っている様に築地壁が設けられているのが見て取れるかと思います。

手水舎・水盤

 神門を潜った先に据えられている木像瓦葺四本柱タイプの手水舎になります。

祓戸

 基壇の上に瑞垣が設けられた祓戸になります。
 祓戸の脇に据えられている「桧の森」の碑は、伊勢湾台風によって白山神社の鎮守の森も被害が発生してしまった為、鎮守の森を復活させようと氏子の方達が桧を植樹し、この桧が無事成長して鎮守の森となってきたことを記念して設置したみたいです。

狛犬

 生年月日を調べ忘れてしまった狛犬一対になります。全体の装飾具合から大正時代から昭和初期の生まれだと思うのですが・・。

社殿

 入母屋造瓦葺平入の唐破風による向拝が設けられた拝殿になります。

 安城市の指定文化財となっている流造の本殿になります。元々は本殿は単立で建っていたのですが、渡殿を造営し本殿を改修して現在では上記写真の様に一体となった造りになっています。

境内社

 ここ白山神社には非常に多くの境内社が鎮座しています。その中で、安城町誌の中では白山神社の本殿に合祀されてるとされていた「比蘇天神社」と「大巳貴社」が境内社として鎮座している事に気が付きました。神社名鑑の御祭神でも比蘇天神と大巳貴命の名が載っていなかったので、あれ?と思っていたのですが、境内社に分祀したのかもしれませんね。

地図で鎮座地を確認

神社名白山神社
鎮座地愛知県安城市大岡町宮東四十三番地
最寄駅名鉄バス「大岡バス停」徒歩2分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

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