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如意山 宝珠院(西尾市吉良町吉田) 三河海岸大師 三十七番札所

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

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寺院情報

寺院名 如意山 宝珠院
所在地 愛知県西尾市吉良町吉田字石池十八番札所
御本尊 阿弥陀三尊
宗 派 浄土宗西山深草派
創 建 寛正四年(1463年)
札 所 三河海岸大師 三十七番札所
(旧)三河新四国 十五番札所
東条吉良観音 十八番札所
三河観音霊場 二十四番札所
善光寺願所 十六番札所
三河七福神 寿老人
御朱印
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参拝日:2018年9月24日

小紀行:酒井氏発祥の地と金蓮寺

沿革・由緒

当山は吉田村草切の古刹にして百一代御花園天皇の御代、寛正四年六月教印栄俊の創立する所なり。栄俊は天台の硯学にして夙に叡山に出家して額を修め、上求菩提下化衆生の爲め叡山を下り、諸国修行の時寛正二年の春当地に衆生を化盆す。特に南海の邊りに一の瑞相現れ、不思議なる哉十一面千手観音菩薩炭屋枯薪の内に出現し給う。これ有像の霊像なりと御尊信して一宇を造営し此庭に安置す。
後さって東国富士に登り、大日如来を威得してこの地を教印室と言い。又吉田口の卜居して化導す。寛正四年六月初旬再び当地に傳鍚す。信徒追慕し来たり相共に謀りて大伽藍を造り、之を如意山宝珠印国養寺を号す。

「幡豆郡吉田町史」より

宝珠院 所在地

参拝記

三河湾の海沿いを走る国道247号線の吉良吉田駅の近くにちょっとわかりにくいですが宝珠院への道案内の看板が立っていて、よく見ると国道からわき道を望むと、宝珠院が見えています。

境内入口

「如意山 宝珠院」と彫られた石柱門の山門になります。その石柱門の左右には、数多くの石柱や石碑が据えられています。

向かって左には、三河海岸大師三十七番札所の案内石柱と、三河七福神霊場の寿老人(寿老尊)の案内石柱が据えられています。

向かって右には、吉良忠魂堂の石碑が据えられています。
吉良忠魂堂は国の登録文化座に指定されている御堂になり、明治三十六年に建立された戦没者慰霊の為の御堂なんだそうです。

鐘楼

国道から宝珠院に向かう間も山門の奥ある朱色の建物が非常に目に入ると思います。
こちらの建物、二階部分に梵鐘が二基吊られていて、さらに六角形の形状になている鐘楼になります。
基の梵鐘には、右側「慈悲の鐘」、左側「知恵の鐘」と命名されていました。

この鐘楼の前の一対の金剛力士像といい、山門的な意味合いも含めて建立された物だと思われます。建築様式が従来の物を踏襲していたら、二層式の八脚門になっていたのかな?と思うのですが。

手水舎

瓦葺木造四本柱タイプの手水舎になります。
水盤には水が張られていて、気持ちよく手水できました。

本堂

中央に本尊である阿弥陀三尊が安置されている入母屋造瓦葺平入の向拝の設けられた本堂になります。浄土宗の寺院によくある濡れ縁が設けられています。
正面中央には石灯篭が据えられています。こういった石灯篭にはなんらか意味合いがあるのかな?。

観音堂

本堂向かって左手には、元々、天台宗だった頃の本尊である十一面千手観音菩薩像が安置されています。現在では"草切観音"と呼ばれ、三河観音霊場、東条吉良観音霊場の札所本尊になっています。

草切観音は秘仏なのかな?厨子は閉じられて前立仏が建っている様に見えます。

その草切観音の右側(うそく(向かって左側))には弘法大師像が安置されています。何体か安置されているのですが、比較的大きな二体の弘法大師像が三河海岸大師霊場と(旧)三河新四国霊場の大師像ではないかと思われます。

「南無遍照金剛大師」「南無遍照金剛大師」「南無遍照金剛大師」・・・・

吉良忠魂堂

こちらが国の登録文化財になっている吉良忠魂堂になります。
戦没慰霊堂となっているようで、明治三十六年に建立されています。建てられた時期などから考えると、当初は日清戦争での戦没者を慰霊しようしたのではないかと思うのですが、その後、日露戦争、第一次世界大戦、太平洋戦争と立て続けに戦争が勃発してしまった為、祀られている英霊の御魂も非常に増えてしまったと思うのですが・・・。

三原の松

樹齢二百年を超えるという見事な枝ぶりの松が植えられています。
元々は別の場所に植えられていたそうなのですが、こちら宝珠院に移植され、今でも立派な葉ぶりを楽しむことができますね。

西国観音

吉良忠魂堂の裏側には、西国三十三観音霊場の移し本尊がずらっと並んで建っています。
こちら宝珠院では、観音像を覆う庇を兼ねた御堂は設けられていません。というか、この辺りではむき出しの西国観音像は逆に珍しい存在になっていますね。

宝珠院の文化財

国:登録有形文化財(登録日:2015年10月27日)
・本堂・・[文化遺産オンライン]
・書院・・[文化遺産オンライン]
・忠魂堂・・[文化遺産オンライン]

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