2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

金剛山医徳院神宮寺(愛知県知多郡南知多町篠島) 知多四国霊場三十九番札所

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寺院情報

寺院名 金剛山医徳院「神宮寺」
所在地 愛知県知多郡南知多町照浜二十七番地
御本尊 薬師如来
宗 派 真言宗豊山派
創 建 建暦二年(1212年)
札 所 知多四国霊場 三十九番
南知多七福神 鶴亀宝船(令和元年時点で脱退)
御朱印
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参拝日:2018年10月31日

知多四国霊場札所一覧

知多四国霊場
知多四国霊場とは2018年に開創210周年を迎えた、知多半島全体が霊場となっている弘法大師霊場です。非常に巡礼される方が多く、名古屋鉄道では毎年一年をかけて霊場を廻る企画も行っているほどです。現地での案内看板も充実しており、初めて巡礼...

沿革・由緒

鎌倉時代、建暦二年(1212年)南知多大井医王寺の一坊を当地に移し神宮寺として創建される。本尊である「薬師如来像」は室町時代の寛正元年(1460年)、附近の海中に光るものがあり漁師が網を入れると薬師如来像が引き上げられ、当寺内に安置し御本尊とした。寛正二年、薬師堂を建立し、寺名を神宮寺から医徳院と改めた。

現在の本堂江戸時代の永享元年(1744年)、伊勢神宮西方殿の御用材を下賜され改築された物であり、篠島最古の木造建物である。

「境内由緒板」より

知多四国霊場三十番札所「宝珠山医王寺」の記事でも紹介していますが、ここ医徳院は、一山十二坊を有していたという「医王寺」の一坊になります。大井の四坊と師崎の遍照寺、篠島の医徳院、日間賀島の大光院の合計七坊が現在でも存在しています。

宝珠山 医王寺(南知多町大井) 知多四国霊場 三十番札所
寺院情報 寺院名 宝珠山 医王寺 所在地 愛知県知多郡南知多町大井字真向三十八番地 御本尊 薬師如来 宗 派 真言宗豊山派 創 建 神亀二年(725年) 札 所 ...

医王院とその塔頭だった七坊はすべて知多四国霊場の札所になっています。これもすごいことだと思うのですが。

知多四国霊場を行く

篠島最後の知多四国霊場の札所となる「金剛山医徳院」を目指します。番外札所である「西方寺」の本堂脇を抜け、途中「帝井」という史跡の前を通り、医徳院の境内にたどり着きます。ここまで、四歳児の息子と一緒に巡り歩き、途中でお弁当を食べておよそ2時間ほど行程になります。健脚の方で、知多四国霊場の札所のみを巡るなら、1時間で渡船ターミナルに戻ってこれそうですね。

地図の右下に47番のマーカーが付けられた松寿寺がありますが、こちらは直伝弘法霊場の札所になります。

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参拝記

帝井

前述していますが、西方寺から医徳院に向かう途中にある帝井(みかどい)という史跡になります。案内板によると

延元三年(1338年)、後醍醐天皇の皇子「義良親王(後の後村上天皇)」が東征の時、暴風雨に遭い篠島に漂着し、逗留されたおり飲料水として使用した井泉で岩畳はかつての遺構をそのままにとどめています。祠には御村上天皇を祀っている。

とあります。

鎌倉幕府を倒し建武の新政を始めた後醍醐天皇でしたが、足利尊氏との対立を深め、南北朝時代に突入してしまいます。有力武将を次々を失っていく後醍醐天皇は日本各地に点在する、反足利の勢力を結集するために自らの皇子を日本全国に派遣します。「義良親王」も東征を命じられ、奥州で兵力を集め、京都に攻め入る予定だったと言われています。伊勢国から船団を組み海路で欧州を目指している最中、台風に遭遇し、親王の乗る船は篠島に漂着したそうです。

当時も篠島は神宮との結びつきが非常に強い島であり、神宮と皇族の関係を考えると、当時の島民は非常に驚きと敬意を持って漂着した親王を迎え入れたはずです。
ただ、ここで問題となったのは飲料水なんだとか。島では井戸を掘っても塩分を含んだ水しか湧き出なかったそうで、雨水を貯めたものを使用していたそうですが、親王にそれを出すのは憚れる為、島中を探したところ、清水が湧き出でる場所が発見されたそうです。そこを掘って井戸としたのがここ「帝井」であり、ここの水を義良親王に献上したんだとか。

赤い祠に後村上天皇が祀られているそうです。
現在でも水がはっています。さすがに用水が篠島まで伸びてこの井戸を使用していないようで、現在では鯉が泳いでいました。

境内入口

帝井を抜けて坂道を登っていくと、医徳院の境内入口にたどり着きます。
「篠島保育園」と「医徳院」と掲示されている石柱門?があります。医徳院では保育園を経営されているようで、境内の手前側は「篠島保育園」の校舎のようです。

手水舎

瓦葺木造四本柱タイプの手水舎になります。

本堂

寄棟造瓦葺平入の向拝の設けられた本堂になります。本堂の周囲には高覧のある濡れ縁が設けられています。

中央に本尊である薬師如来像が奉安されています。

神宮の古材を使用して建てられた本堂と由緒に書いてありましたが、ここまで造りが異なると、まったく神宮のかおりがしてきませんね。

大師堂

本堂向かって右側にあるのが大師堂になります。「善の紐」が大師像から伸びて鐘を経由して宝塔に退いているのがわかりますね。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

金比羅堂

本堂向かって左に建っている金毘羅堂になります。金光殿と書かれた扁額が掲げられています。

こちらは元々、南知多七福神の鶴亀宝船札所だったそうですが、諸事情により現在は七福神霊場からは抜けているそうです。しかし、七福神宝船の提灯は今でも掲げられていますね。

狛犬

こちら医徳院の本堂前には、かなり古そうな姿をしている狛犬一対が存在しています。元々は「八王子社」に据えられていた狛犬なんですが、とある昔話によってこの医徳院に移されたといいます。

篠島では神社でなく、あるお寺の前に一対のこま犬がでんと座っている。お寺とこま犬という奇妙な組み合わせは、この島に祀られている神様の犬嫌いに由来するという。
篠島では毎年正月の3日4日に正月の祭礼が行われている。3日の夕方は、八王子社から神明神社へ神様がお渡りされるのだが、この間は島中の灯りを消し、静かにお渡りが終わるのを待つ習わしとなっている。
ある年のお渡りの最中、八王子社の方角から荒々しい犬の鳴き声が聞こえてきた。その頃の篠島には1匹の犬もいないはずで、犬の吠える声を聞いた島民はみな悪い予感を覚えたという。
その年の漁時期は海が荒れ、漁に出ることができない日が幾日も続いた。あまりにも荒天が続くので、漁師達は八王子社の神様に願掛けのお参りをすることに。何度も八王子社へ足を運んだ漁師達は、こま犬が台座の下に転がり落ちているのに気付いた。漁師達は誰かのいたずらと思い、こま犬を元の位置に戻したが、明くる日も明くる日もこま犬は台座から転がり落ちていた。
漁師達はこれを海の神様である八王子様がケダモノを嫌っているのではないかと考え、こま犬をひと山越えたお寺、医徳院へと移した。荒れに荒れていた天気はその日を境に上天気となり、以降は大漁が続き篠島の人々は豊かな生活がおくれるようになったという。

篠島の祭礼」より

寺院に生息する狛犬に理由があるところは非常に少数なのでは・・。

御朱印

参拝を終えて

医徳院前にも本四国移し札所の祠が据えられています。医徳院の境内にも何ヶ所かの祠があります。この感じだと、直伝弘法霊場の札所である松寿寺近くにもこの写し札所が存在してそうです。次回篠島に渡った時には、この篠島写し大師霊場を巡ってみたいと思います。

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所在地を地図で確認

寺院名 金剛山医徳院
所在地 愛知県知多郡南知多町照浜二十七番地
最寄駅 名古屋鉄道 河和線「河和駅」徒歩10分
河和港 → 高速船 → 篠島渡船ターミナル

寺院・霊場巡りの際のバイブルに

元々、当サイトは神社巡りを通じて、皆様の住んでいる所にある”村の鎮守の神様”と呼ばれる神社を紹介してくサイトを目指していたんです。むしろ寺院については、縁遠いものとおもっていたんですよね。しかし、ちょっとした御縁で弘法大師霊場に出会い、そして愛知県では一番活動が盛んな”知多四国霊場”を巡礼、結願する事になりました。でも、神社の事はある程度知識があっても、寺院については未知の世界だったので、少しでも巡礼の時に役に立てばと思い、こちらの本を読ませて頂いております。

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次の目的地は?

医徳院の納経を終え、日間賀島に渡る為に渡船ターミナルに戻ります。
まだ船までの時間があったので、渡船ターミナルの北側にある「神宮干鯛調製所」を目指すことにします。中手島という島にあるのです(現在は埋め立てられて篠島とは陸続きになっています)、この中手島は現在でも神宮の境外地になっています。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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