知多四国八十八ヶ所 知多郡南知多町

宝珠山 医王寺(南知多町大井) 知多四国霊場 三十番札所

2019年1月10日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

寺院情報

寺院名 宝珠山 医王寺
所在地 愛知県知多郡南知多町大井字真向三十八番地
御本尊 薬師如来
宗 派 真言宗豊山派
創 建 神亀二年(725年)
札 所 知多四国霊場 三十番札所
御朱印
H P

参拝日:2018年9月26日

知多新四国霊場公式ホームページのご紹介


http://chita88.jp/

沿革・由緒

神亀二年(735年)行基菩薩の開基と伝えられ、秘仏薬師如来を安置してから1290年を数える古刹医王寺は、草創当時は西方の「仏山」と言われる仙林にありましたが、建暦二年(1212年)現在地に移転されたといいます。七百年余の歳月の間に寺領も伽藍も失われ、大井四坊と師崎の遍照寺、篠島の医徳院、日間賀島の大光院の七坊のみを残すとなった。

知多四国めぐり」より

大井村大字大井字真向に在り。境内三百坪、真言宗、中島郡長野村萬徳寺末だり。神亀二年僧行基の草創にして本尊薬師如来を安置し日光月光の像を脇立す。弘仁五年、僧空海之を再興す。古くは大伽藍にして塔頭一山十二坊あり。経年の久しく暫く廃絶し、今僅かに性慶院、北室院、利生院、宝乗院の四宇を存するのみ。古へ寺領百八十貫ありしとしかしいつの頃か廃絶し江戸幕府の時にはすでにない。

知多郡誌」より

知多四国霊場を行く

二十五番札所「法輪山 円観寺」とその隣に鎮座する白山神社を後にして、一路南知多町大井に鎮座する「宝珠山 医王寺」を目指します。この大井には、知多四国霊場の札所が医王寺を含め五札所集中しています。
三十番札所「宝珠山 医王寺」
三十一番札所「宝珠山 利生院」
三十二番札所「宝珠山 宝乗院」
三十三番札所「宝珠山 北室院」
三十四番札所「宝珠山 性慶院」

由緒にもありますが、医王寺を中心とした一山十二坊の塔頭を有し知多半島も屈指の巨刹だったことが解りますが、現在では利生院、宝乗院、北室院、性慶院の四坊を残っているだけとなっています。しかも、四寺院には住職がいらっしゃるのですが、医王寺は無住の寺院となっていて、塔頭だった四寺院によって管理維持されているのが現状です。


国道247号線の「大井漁港前」交差点を右折し、県道281号線に入ります。150mほど進むと、両車線側に同じような土壁を有する寺院が見えてきます。ここが、医王寺を中心とした札所になります。

医王寺には駐車場がない為、三十三番札所「宝珠山 北室院」の駐車場を利用させて頂く事になります。


管理人が行く知多四国霊場巡礼の旅

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参拝記

医王寺は前述しましたが無住の為、御朱印については、四寺院が持ち回りでそれぞれの納経所で同時に押して頂けます。ですので、一番初めに医王寺に参拝、納経されるのが一番いいのかなと思います。

境内入口

医王寺には山門などは存在せず、本堂に向かって参道が伸びている様式になっています。
無住の為、庫裏がない為、なんとなく違和感を感じてしまいます。

手水舎・水盤

初見になるかな?と思う、石造りの手水舎になります。
柱、貫部分までは石造りの手水舎を見たことはあったかと思うのですが、屋根を含めて全体が石造りの手水舎は珍しいのではないかな?と思います。

鐘突堂

入母屋造瓦葺の鐘突き堂になります。
柱が丸柱になっていますね。屋根部分のカチッと四角の世界と丸柱の対比が目を引きます。

本堂

近年造営された、寄棟造平入瓦葺の向拝のある本堂になります。
本尊が安置されている場所が建物の中央から→側にずれている為なのか、向拝が設けられている場所も中心ではなく右側にずれていますね。シンメトリーになっていないと、何となく違和感を感じてしまうのは、寺社仏閣=左右対称という概念に凝り固まっている証拠なんでしょうかね・・・。

中央に本尊である薬師如来、左側(向かって右側)には千手観音、右側(向かって左側)には大師像が安置されています。

右側に安置される大師像になります。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

三十三観音堂

正面から見た時、医王寺の築地壁だとおもっていたんですが、よく見ると、観音堂になっていました。
三十三観音が安置されており、西国観音の移しかな?

こういった石仏を詰め込んだような観音堂なんですが、三河地方を中心によくみられる御堂なんだとか。当ブログではその三河地方を中心に寺院を紹介しているので、当たり前の観音堂の様式なんですが、愛知県以外ではどんな様式で観音様を祀っているんでしょうかね。

御朱印

参拝を終えて

本堂の右手に五輪塔と墓石が安置されておりその前に何やら石碑が立っていました。

五輪塔については詳細は不明なのですが、それよりも墓石横の石碑に注目してほしいと思います。

「島崎廿一大師開基服部熊吉氏之碑」とあります。

島崎二十一大師という霊場を開創された方になるのかな?というか、まさかここで新たな大師霊場に出会うとは!
この服部熊吉氏の事はここで初めて聞いた為、どういった経緯で島崎二十一大師を開創したのかも不明ですが、この記事を書いている時に出てきた情報では美浜町、南知多町に二十一札所が点在している霊場なんだそうです。ここはひとつ、知多四国霊場を巡礼する時に合わせて島崎二十一大師も巡礼すると良いのかもしれませんね。

ちなみに、尾張地方には二十一大師と呼ばれる比較的小さい大師霊場が点在している様です。三河地方にも二十一大師と呼ばれる霊場はあるのかなあ。

次の目的地は

三十番札所「宝珠山 医王寺」を後にして、三十一番札所「宝珠山 利生院」に向かいます。

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