名古屋市南区

鳥栖八剱社(名古屋市南区鳥栖)

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

ONE POINT

日本書紀にも載っている草薙剣盗難事件に際し、三種の神器の一つ「草薙剣」の形代を作ったとされる場所に鎮座する鳥巣八剱社の紹介です。

神社情報

神社名鳥栖八剱社
鎮座地名古屋市南区鳥栖二丁目二〇番地(Googlemap
例大祭十月十日
創 建和銅元年(708年)
御祭神天照御大神
須佐之男命
正哉吾勝命
旧社格村社
神名帳

境内社

境内社稲荷社(御祭神:倉稲魂命)
秋葉社(御祭神:加具土命)

文化財

国 宝
国指定
県指定
市指定
町指定
村指定

参拝情報

御朱印
URL
駐車場
参拝日2022年4月20日

御由緒

 鳥栖八剱社は「鳥栖八剱社古墳」と称される帆立貝式古墳(直径45m、高さ5m)の墳丘上に鎮座しています。神社を参拝していくと古墳の墳丘上に本殿が鎮座する様式の神社によく出会います。ここ鳥栖八剱社もそういった神社になるのですが、境内に掲げられた案内板を読むと何やら「国史の大きな事件に関わっている神社」であると伝えられている様です。

国史の大きな事件とは?

 それは、日本書紀にも書かれている「天智天皇の御代におこった草薙剣盗難事件」に関係するという。日本書記と鳥栖八剱社の社伝では伝承される年代には差異があるのですが、1500年も前の出来事なのでこの辺りはまさに誤差の範疇かと。

  • 日本書記
    • 第三十八代天智天皇七年(668年)に沙門(僧の意)の道行が草薙剣を盗み、新羅に向かって逃げようとしたが、風雨に遭い海を渡れず迷って帰ってきた。
    • 事件の18年後の朱鳥元年(686年)、天智天皇が病となり、占いを行った所、この病は草薙剣の祟りによるものであるとされた為、草薙剣は即日尾張国の熱田社に送り置いた。
  • 鳥栖八剱社社伝
    • 和銅元年(708年)、新羅の僧侶「道行」は熱田社より草薙剣を盗み出した。この事を元明天皇に露見する事を怖れた為、新たに神剣を作る事とし、鍛冶屋がこの地で作成、この年創建されたと伝えらえる熱田社の別宮「八剣宮」に九月九日に奉納した。

 年代は違えど、草薙剣を盗み出したのは僧侶である「道行」なる人物の様です。日本書紀では新羅に逃げようとしたと書かれている事から新羅の僧侶であるとも伝えられています。ただ、盗み出した道行がその後どうなったのか全く記載されていません。

 「熱田大神宮縁記」には、「草薙剣を盗み出した道行は摂津国から出港したが海難のため難波に漂着。神剣を投げ捨てようとしたが神剣が離れず、自首し、その後死罪となった。」とあります。

 死罪となったとする伝承がある一方、愛知県知多市八幡にある天台宗の「薬王山法海寺」の縁起に「道行」の名を見ることができます。

  • 薬王山法海寺儀軌
    • 法海寺の開基は新羅国明信王太子「道行法師」であると伝えられ、日本書紀の巻二十七の天智天皇七年の条(草薙剣盗難事件)に登場する「沙門道行」に繋がっているとする。事件後、沙門道行は帰国を断念し、当地(愛知県知多市)において堂宇を意図なんていたが、天智天皇の御不例を当山御本尊に祈願して平癒した功により「薬王山法海寺」の勅額と寺田二百八十町歩を賜ったという。天智七年(668年)八月三日の創建とされ、以降、淳和天皇に至る十三代の勅願寺となる。

 三種の神器である草薙剣を盗み出すという大罪を犯した割に、何もお咎めもなく、逆に熱田神宮からさほど離れていない場所に堂宇を建立、天皇の平癒を祈願した功績により勅額、さらには寺領を賜るという好待遇ぶり。天智天皇二年(663年)に起きた白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗を喫し朝鮮半島における勢力地を失った後であるとしても、熱田大神宮縁記にある様に死罪となっても何ら不思議ではない気がするのですが。

薬王山法海寺とは?

 愛知県知多市八幡に鎮座する天台宗の寺院。天智七年(668年)八月三日の創建と伝えれ、最盛期には一山十二坊の希望を誇る巨刹であり、日本三薬師の一つに名を連ねているとされる。

日本三薬師

奈良県:法隆寺(一説には長野県:諏訪大社の本地仏)
三河国:鳳来寺
尾張国:法海寺

であるとするが、Google先生に尋ねると「日本三大薬師」という名数が紹介され、これによると鳳来寺以外は別の場所が名を連ねており、法海寺が名を連ねる日本三薬師の詳細は不明です。

 この地で草薙剣に代わる神剣が造られたかどうかは不明・・・なんですが、ヤマトタケルの時代から草薙剣は熱田神宮の御神体として祀られており、宮中へは「形代」と呼ばれる草薙剣に代わる神剣が奉安されているといいます。そしてこの草薙剣の形代は何本も作られてきたのではないか・・・そしてその内の1本はここ鳥栖八剱社が鎮座する場所で造ったということはありうる伝承の様な気がします。

創建は古く和銅元年(708年)九月九日と云う。輪の内の氏神として崇敬深く明治五年七月、村社に列格する。

愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」

御祭神

  • 天照御大神
  • 須佐之男命
  • 正哉吾勝命

御朱印帳の保管に

 数年前より非常に集める方が増えた「御朱印」ですが、皆様は御朱印帳はどうやって保管していますか?神社・仏閣を廻って御朱印を受けているとあっという間に御朱印帳の冊数が増えていきますが、そのまま棚などに置いている方が多いのでは?。せっかくお受けした御朱印ですので、日本では古くから着物を始めとして大切なものを保管する為に使われていた「桐箱」に入れて保管した方がよろしいかと思います。

 ぜひ、皆様も桐箱に御朱印帳を保管されてみたらいかがですか?

参拝記

 「村上社/紹介記事」を後にして、名古屋市道・弦月宝生線を北上、地下鉄桜通線の鶴里駅を超えて住宅地の中に鎮座する鳥栖八剱社を目指します。現在では周囲は区画整理されており閑静な住宅地となっています。

境内入口

 住宅地の中に突如現れる鎮守の森の中に鳥栖八剱社は鎮座しています。先の述べたように古墳の墳丘上に本殿が鎮座している事から、境内に向かって石段の参道が伸びています。

墳丘上の境内

 石段を登った先は、古墳をかなり平坦に削っている様で扁額の無い明神鳥居による二の鳥居、その奥に拝殿、本殿が鎮座しています。ここから見ても、かなり大きな古墳であることが見てとれます。

狛犬

 生年月は調べ忘れてしまいましたが、子乗り玉乗りの狛犬一対になります。

手水舎

 木造銅板葺二本柱タイプの手水舎になります。屋根が銅板葺きということもあって二本柱タイプでよく感じる不安定さはあまり気になりませんね。
 所で、水盤をよく見ると・・・

 水盤の淵部分にいくつもの窪みが出来ています。この窪みは「盃状穴」と呼ばれるそうで、願い事を叶える為に石でこつこつと打ち続けた跡なんだとか。それだけ鳥栖八剱社では百度参りが盛んだったのえしょうか。

社殿

 切妻銅板葺妻入の開放型の拝殿とその先に基壇上に鎮座する本殿になります。こうした造りも尾張造と呼ぶのでしょうかね。

 中央に八剱社本殿、その両脇に境内社である稲荷社と秋葉社の社が鎮座しています。

鎮座地を神社で確認

神社名鳥栖八剱社
鎮座地名古屋市南区鳥栖二丁目二〇番地(Googlemap
最寄駅電車:名古屋市営地下鉄・桜通線「鶴里駅」徒歩5分
バス:名古屋市営地下鉄・新瑞12系統「桜田中学校バス停」徒歩3分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

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