2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

松平清康公仮葬地碑

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概要

長縄大河内氏の居城だった長縄城近くにあった観音寺の境内の脇から寛政七年(1795年)に清康公と彫られた五輪塔が発掘されたそうです。発掘当時は松平伊豆守の領地(吉田藩)でした。


長縄城址


 松平伊豆守とは、江戸幕府で老中にまで上り詰めた松平伊豆守信綱から続く長沢松平家(伊豆守系)の事で、官職”伊豆守”を歴代継いでいました。松平伊豆守信綱は長縄大河内氏の本家筋にあたる寺津大河内氏の出身で、このまま大河内家にいては出世しても旗本止まりだと考え、長沢松平家に家康の命令で養子入りした信綱の叔父”松平正綱”に養子入りを直談判し、松平信綱と改称ししました。

なぜ、長縄の地に”清康公”と彫られた五輪塔が発掘されたのか。
発掘された観音寺にも資料が残っておらず一切不明だったそうです。

しかし、長縄城を居城としていた長縄大河内氏の末裔と思わしき者曰く、「わが先祖に大河内喜平小見という者がおり、松平清康公に仕えていたたという。当家の言い伝えによれば、喜平は、清康公がなくなった時、森山の陣中から、御遺骸をひそかに奉持し来り、同村の観音院に仮に奉納した」という事です。

正直、この話の信憑性は・・・・う~んと首を捻ってしまう部分も。

松平清康は、歴代の松平家の中でも突出した傑物と言われ、18歳にして三河統一を成しており、さらに尾張進出を図り、1535年に織田信秀の本城に肉薄すべく支城である守山城に軍勢(一説には一万)を率いて攻め込みます。しかし、その森山城攻めの陣中において家臣である阿部正豊に切り殺されてしまいます。

さてここからが問題なんですよね・・。

通説としては、松平軍は当主を失ってしまった為、壊滅状態となって岡崎に撤収したと考えられます。そして、岡崎市丸山で松平清康の遺骸を荼毘に付し、門前町に埋葬されたとされています。埋葬された場所には、後年徳川家康が隨念寺が建立されています。

対して、長縄にある埋葬地の碑を考えると、守山から長縄に向かう為には、現在の日進市、豊田市、岡崎市を経由してか、現在の刈谷市周辺を納めていた水野氏の領土を抜けていくしか道はありません。わざわざ、織田方の勢力圏近くを突き進んで長縄に向かうというのは考えにくいので、岡崎経由のが現実味はあるのかなと思いますが、本城である岡崎城までも通過して長縄に向かう必要があったのか・・・。さらに、いくら重臣だった大河内家の領地内といはいえ、清康と東条吉良家の関係を考えると、松平家とは敵対関係とまでは行かずも緊張関係にあったと思われる西条吉良家の領地近くまで当主の遺骸を運ぶのか・・・。

こういった謎から、守山崩れで殺されたのは松平清康でなく松平元康でないのかという説が出てくる背景になってしまっています。幕末の動乱でも解らないことが多々存在するのに、ほぼ500年前のことですから・・・様々な説が出てきても仕方ないんだと思います。

勝手ながら自分が推測するには、清康軍は岡崎まで戻ってきたんですが、岡崎城は松平家内部の権力闘争で反意を見せていた桜井松平家の松平信定に占領されてしまっており、松平宗家である清康軍は岡崎城に入場できなかったのではないでしょうか。実際、清康の息子である広忠は信定によって岡崎城を追放されています。

そこで、岡崎の丸山で遺骸を荼毘に付した後、重臣だった大河内喜平が自分の領内である長縄城に遺灰も持ち帰り、観音堂に仮埋葬したんだと思います。家康が門前町に隨念寺を建立した時に遺灰を移動させたのではないでしょうか。

歴史ってこういって自分なりに考えられるのがいい所ですね。

訪問記

長縄城址、稲荷社から南に100mほど進むと、写真の様に木々に囲まれた石碑が見えてきます。

石碑には「松平清康公仮葬地 愛知縣」と彫られています。石碑自体は三河地震の際、倒壊して折れてしまい、繋いだ修繕跡が非常に目立ちます。

この石碑の裏側には、

松平清康公の墓所も設けられています。

石碑の隣には観音寺が鎮座しています。


長縄町の稲荷社を参拝する事で、この地を納めていた長縄大河内氏に繋がり、さらに松平清康に繋がってきました。こういった参拝先に出会った歴史の繋がりを大切にしていきたいと考え、大河内氏ゆかりの場所や、松平清康ゆかりの場所を訪問し紹介していこうと思います。

そして、ゆかりの場所でまたその周辺で新たな歴史の繋がりが生まれるかもしれません。さて、長縄町から始まった歴史の連鎖記事はどこまで進んでいけるでしょうか。(こういった企画は本来自分の地元である上地町から始めると思ったりするのですが、まぁそれはいずれ・・。)

 

「長縄町の稲荷社から始まる歴史探訪」

さて、結末はどうなりますやら・・・。
というかどこまで繋がっていくのか、自分も楽しみです。(実際、この記事を書いている時点では、ゆかりの場所には行ってませんし・・・・。)

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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