西春日井郡豊山町

冨士社(西春日井郡豊山町豊場)

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

ONE POINT

西春日井郡豊山町に鎮座する冨士社の紹介です。冨士社の境内は物部氏の祖「宇麻志麻遅」が埋葬されたという伝承がある青塚古墳の墳丘上に鎮座しています。ここは小牧長久手の戦いでは森長可が陣を張っています。

神社情報

神社名冨士社
鎮座地愛知県西春日井郡豊山町豊場青塚屋敷九十番地(Googlemap
例大祭十月十日
創 建不詳
御祭神木花開哉姫命
旧社格無格社
神名帳

境内社

境内社浅間神社の外一社あり

文化財

国 宝
国指定
県指定
市指定
町指定
村指定

参拝情報

御朱印
URLhttps://www.pref.aichi.jp/koen/keikanshigen/toyoyama/002.html
駐車場
参拝日2022年3月2日

御由緒

 冨士社の創建時期は不詳。

 冨士社の社殿は墳丘上に鎮座しています。周囲の平坦な地勢からは不自然な盛り上がりの小山が境内となっているのですが、現地にはこの小山についての情報がなく参拝した時は何でここだけ山があるんだ?と思っていたのですが、調べてみるとこの小山は「青塚古墳」と呼ばれる古墳なんだとか。

青塚古墳とは?

物部氏の祖と伝えられる「宇麻志麻遅」とされる墳墓になります。

 形状は円墳または前方後円墳であるとしている。前方部分が失われてしまっている為、形状の特定は難しいが、仮に前方後円墳だとして後円部分直径が50mに達する事から全長で100m近い大型の古墳になるという。

宇麻志麻遅とは

 邇芸速日命と登美夜毘売に生まれた物部氏、穂積氏、采女氏の祖とされる。神撫天皇の東征の際して従っていた那賀須泥毘古を殺して神武天皇に帰服したとされ、これ以降一族である物部氏一党を率いて禁衛守護の任にあたる。

 島根県太田市に鎮座する物部神社の伝承では「宇麻志麻遅は美濃国・越国を平定した後石見国にて没し、現在の物部神社の社伝の裏に当たる場所に埋葬された。」としています。

 尾張国周辺は物部氏の拠点の一つであると伝えられており、尾張国内には物部神社が何社も創建されていたとも言われ、青塚古墳から南東に2.7km程の距離に延喜式内社に比定されている宇麻志麻遅を御祭神とする「味鋺神社」が鎮座しています。

 この青塚古墳は天正十二年(1584年)に勃発した徳川家康と豊臣秀吉が対陣した小牧・長久手の戦いにおいて豊臣方の武将「森長可」がこの地に陣を構えたと伝えられています。

 戦に於いて陣を置く場所は少しでも遠くを望める場所にするのがセオリーであり、青塚古墳の周囲は平地であり、当時田園が広がる場所だったとしたら非常に遠くまで見通せることができた場所になるはずで、当然陣を構えるには絶好の場所だったことが地図からも読み取れます。ただ、ここに陣を張った森長可は長久手における戦いで戦死してしまいます。

 創建は明らかでない。古くより鎮守の神として崇敬あつく。明治十一年、据置公許となる。

愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」

御祭神

 冨士社の御祭神は富士浅間神社の御祭神と同じ「木花開哉姫命」となっています。

  • 木花開哉姫命

御朱印帳の保管に

 数年前より非常に集める方が増えた「御朱印」ですが、皆様は御朱印帳はどうやって保管していますか?神社・仏閣を廻って御朱印を受けているとあっという間に御朱印帳の冊数が増えていきますが、そのまま棚などに置いている方が多いのでは?。せっかくお受けした御朱印ですので、日本では古くから着物を始めとして大切なものを保管する為に使われていた「桐箱」に入れて保管した方がよろしいかと思います。

 ぜひ、皆様も桐箱に御朱印帳を保管されてみたらいかがですか?

参拝記

 名古屋北部市場正面玄関から伸びる市道と国道41号線が交差する「豊場八反交差点」を市場とは反対の東に向かって市道を進んでいくと道路左手に小高い山が見えてきます。この山が青塚古墳であり今回紹介する冨士社の境内になります。駐車場はないので、車で向かう場合は注意が必要です。

境内入口

 冨士社の境内には鳥居はなく、真っ直ぐ墳丘上に鎮座する社殿に向かって階段の参道が伸びています。この階段を見るだけでも結構な高さの古墳であることが解って頂けるかと思います。

社号標

 瑞垣で囲まれた社号標になります。

社殿

 コンクリート造り妻入りの開放型の拝殿を有する社殿になります。木造の開放型拝殿を模しているはずなのですが、なんとなく違和感を感じてしまいます。

 本殿は拝殿より高く基壇が設けられており瑞垣に囲まれた形で鎮座しています。
 境内社は二社、本殿向かって左側に並んで鎮座しています。

墳丘からの眺め

 墳丘上から前面道路を見下ろすとこんな感じ。今は木々が生い茂って、周囲に住宅が立ち並んでいるせいで遠くまで見通す事が出来ませんが、戦国時代、森長可はここからはるか遠くの徳川勢の陣地をにらんでいたんでしょうね。

鎮座地を神社で確認

神社名 冨士写
鎮座地 愛知県西春日井郡豊山町豊場青塚屋敷九十番地(Googlemap
最寄駅電車:
バス:豊山タウンバス「青塚古墳前バス停」徒歩1分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

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