知多四国八十八ヶ所 知多郡美浜町

慈雲山 影現寺(美浜町) 知多新四国霊場 番外札所

2018年12月11日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

寺院情報

寺院名慈雲山 影現寺
所在地愛知県知多郡美浜町大字時志字南平井八十六番地
御本尊釈迦牟尼仏
宗 派曹洞宗
創 建永正元年(1504年)
札 所・知多四国霊場 番外札所
・南知多観音霊場 一番札所
・南知多七福神 毘沙門尊天
御朱印
H P

参拝日:2018年5月16日

知多新四国霊場公式ホームページのご紹介


http://chita88.jp/

沿革・由緒

永正元年(1504年)開創。観音堂本尊の十一面観音像は天正四年(1574年)佐久島の漁夫が出漁中、網にかかって出現したという。佐久島の草庵に祀られたその尊像が、ある夜島守の夢枕に立ち「我は観音菩薩の化身なり。衆生救済の為に中国より渡れども。時を得ずして海中の藻屑になること幾星霜、願わくば対岸の地に移し祀られよ」と。こうして尊像は御心どおり対岸の時志へお移りになったという。
慶長十年(1605年)徳川義直公が尾張一円を巡察の途中、此の観音堂に休息され、その由来に深く感銘され、荒廃していた堂宇を修復し、安産祈願されると霊験高く、無事男子御誕生、以後代々帰依厚く、地紋に三ツ葉葵を用いるなど、尾張徳川家の庇護を受けていた。

「知多四国めぐり」より

知多四国霊場を行く

知多四国霊場開山所「達磨山 葦航寺」を後に、再び国道247号線を南下していきます。

名鉄河和線「河和口」駅の辺りから、国道は海沿いを走っていきます。「慈雲山 影現寺」別称、時志観音と呼ばれていて、看板などの「時志観音」と書かれている事が多いかと思います。

海沿いを気持ちよく走っていると看板を見過ごしてしまいそうですので、注意して走ってください。
駐車場は国道沿いではなく、境内にあり、急坂を登っていくので雨の日はスリップに注意です。

参拝記

「慈雲山 影現寺」のすぐ隣には、この辺りのお土産で有名な「大砲巻飴文層本舗」さんの時志店があります。このお店、定休日が水曜日、そして自分が巡礼できる曜日も水曜日・・・つまり一度も食べられず・・・・。

境内入口

車を境内に止め、一度石段をひたすら降りてきて、国道247号線沿いにある境内入口を望みます。
石段は129段あり、振り返った瞬間降りてきたことを後悔・・・。

石段脇には、寺号ではなく「時志観音」の石碑が大きくそびえています。

その脇には、南知多三十三観音霊場一番札所を示す石柱が立っています。
ここから知多新四国霊場と並走するように南知多観音霊場の札所があり、時にはここ影現寺の様に札所が重なり合うと事もあります。自分はまだ観音霊場は巡礼していませんが、知多四国霊場と南知多観音霊場を同時に廻っている方も多いと思います。

公式ホームページのご紹介


http://www.minami-chita33.jp/

さて、石段を登っていきます。たかが129段、されど129段。
むりせず、自分のペースで登っていきましょう。登り切った時、素晴らしいご褒美が待っています。

三河湾が一望できます。
う~ん・・・雨雲が憎い。

手水舎・水盤

地蔵堂と手水舎が一体となっています。奥には、地蔵尊と不動尊かな?が安置されています。
こういった手水舎もあまり他では見かけませんね。

観音堂

参道の石段を登っていくと正面に金剛力士像が一対建っていて、その奥に観音堂が建っています。由緒にも出てくる観音像御本尊である十一面観音像が安置されています。別称が「時志観音」と称しているほどですので、観音堂が寺院の中心になっているんでしょう。

そして、観音堂は非常に独創的な様式をしています。
大きく見れは、入母屋造瓦葺妻入りの本堂といえるのですが、上の写真を見て頂くとわかる通り、寄棟造平入の屋根が大屋根を貫抜ける様に存在しています。見る限り、この寄棟造の屋根部分は必要ないような・・・。外観的なアクセントなのでしょうか。

さらに、向拝を設けるのではなく、観音堂の入口側の外壁を二間分ほどを内側にずらして軒下を大きくして向拝の様になっています。(中々説明しずらい・・・。)この軒下では納経所や祈祷待ちの方々の待機所にもなっていますね。

弘法堂

なにやら時志観音の御堂は妻入り屋根が好きなのか、弘法堂も入母屋造妻入りとなっています。
御堂の左右には庇が設けられていて、特に左側(向かって右側)には壁が大屋根の軒より出ている形になっています。この部分は寝殿造の様式になっていますね。

ふと、屋根を見上げると

鯱が載っています。
そういえば、妻入りの建物に鯱が載っている所って少ないですねえ。
鯱を見る時は、大概の場合、平入の屋根の上にある左右一対の鯱の姿だと思います。ここの鯱の様に、おなかの部分を見上げるって・・・・やっぱり少ないですよね。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

観音石像

本堂脇には観音力と台座部分に書かれている大きな観音石像が建っています。

この観音像、昭和五十六年四月十九日に落成した観音像で、岡崎市の若き石工が精魂込めた日本一の観音石像なんだそうです。高さニ十尺、重さ二十五屯の巨大なみかげ石の一枚石で作り上げたという。日本一の由来は、この一枚石で作り上げた観音像の大きさなんだとか。

こんな所で岡崎と繋がりましたね。

本堂、毘沙門天堂

観音堂の左側(向かって右側)にひっそりと建っているのが本尊である釈迦牟尼仏が安置されている本堂になります。さらに傍らには尾張七福神の毘沙門天も安置されている様子。

正直、写真を撮影しながら参拝者の方の動向をなんとなく見ていたのですが、御遍路さんは観音堂と弘法堂を参拝されていき、御祈祷の為みえた方は観音堂のみ参拝・・・本堂まで参拝されている方は、非常に少ない・・・。

まあ、よく案内板などを見ていないと、観音堂、もしくは弘法堂に本尊である釈迦牟尼仏が安置されているとおもってしまいますよね・・・。

知多四国霊場の納経帳には本尊は釈迦牟尼仏と記載されています。ぜひとも、こちらの本堂を参拝した上で弘法堂を参拝してほしいですね。

御朱印

参拝を終えて

境内の脇に据えられた銅像・・・左側のおさる様は一体・・・。

存在感ありすぎの銅像じゃないでしょうか。

次の目的地は

番外「慈雲山 影現寺」の参拝を終え、次は二十六番札所「龍華山 弥勒寺」を目指します。

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