ONE POINT
伝承では景行天皇の皇女である五百木入姫命ゆかりの人形を祀り「ひながたの宮」とも呼ばれた、延喜式神名帳にも記載されている大毛神社の紹介です。江戸時代には六所神社と呼ばれていました。
神社情報
神社名 | 大毛神社 |
鎮座地 | 愛知県一宮市大毛五百入塚73(Googlemap) |
例大祭 | 四月十六日 |
創 建 | 昌泰二年(899年) |
御祭神 | 大御食津姫命 |
旧社格 | 郷社 |
神名帳 | 延喜式神名帳:尾張国葉栗郡 大毛神社 尾張国神名帳:葉栗郡従三位 大毛天神 |
境内社
境内社 | 秋葉社 津島社 神明社 |
文化財
国 宝 | |
国指定 | |
県指定 | |
市指定 町指定 村指定 |
参拝情報
御朱印 | ー |
URL | ー |
駐車場 | 〇 |
参拝日 | 2022年3月23日 |
御由緒
拝殿に掲げられている由緒によると、大毛神社は第十二代景行天皇の皇女「五百木入姫命(庵入姫)」所縁の人形が祀られていた事から「ひながたの宮」と称されていたといいます。
五百木入姫命とは
五百木入姫命は五百城入姫皇女とも称され、日本書紀には第十二代景行天皇皇女として生まれ、母は八坂入媛命であると記されています。同母兄弟に第十三代成務天皇、五百城入彦皇子、五十狭城入彦皇子などがいる。
正直な所、景行天皇が実在していたのか?という根本がしっかりしていないので何とも言えないのですが、記紀における記述またはその各地に伝えらえる伝承などを考えると「景行天皇の皇子である日本武尊による東征が行われる直前においてヤマト朝廷の勢力圏の東端は三河国の矢作川西岸あたりではなかろうか?」という考えと当サイトでは色々な記事の中で述べさせて頂いています。
そもそも父である景行天皇の実在性が疑われている訳で、東征を行った日本神話最大の英雄とも言われる日本武尊もその実在性は正直疑われていまう部分な訳ですが、それを考慮したとしても、当時のヤマト朝廷の勢力圏を安定化させる為に大王の子供たちを美濃、尾張、三河に領地を与え治めさせたというのは十分に考えられるのかなと思います。
社伝に創立は昌泰二年(899年)という。六所大明神とも称した。「尾張志」に大毛ノ神社大毛にありて六所明神と申す。延喜神名式に葉栗郡大毛ノ神社と見え、本国帳に従三位大毛天神と記せり。一本には大笥天神ともあり。と古社である。明治五年五月村社に列格。明治四十年十月二十六日神饌幣帛料供進指定社となる。大正四年四月十六日郷社に昇格さる。
愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」
御祭神
- 大御食津姫命
大毛神社の由緒では伊邪那岐、伊邪那美の二柱尊の所生神にして五穀の神なりと記されています。
古事記において「国生みの中で伊予之二名島の中の阿波国の別名として「大宜都比売」として登場し、その後須佐之男命の追放の中で須佐之男命が空腹となり大気都比売神に食物を求めた。その求めに応じる為に大気都比売神は様々な食物を須佐之男命に献上した。それを不審に思った須佐之男命が食事の用意をする大気都比売神の様子を覗いてみると、大気都比売神は鼻や口、尻から食材を取り出し、それを調理していた。須佐之男命は、そんなものを食べさせれたのかと怒り、大気都比売神を殺してしまう。すると、大気都比売神の頭から蚕が、目から稲が、耳から粟が、鼻から小豆が、陰部から麦が、尻から大豆が生まれた。」と記されています。
国生みと須佐之男命の追放のそれぞれに登場した大宜都比売と大気都比売神が別神なのか同一神なのかは判断できないそうなのですが、大毛神社の由緒では同一神と考えているようです。
御朱印帳の保管に
数年前より非常に集める方が増えた「御朱印」ですが、皆様は御朱印帳はどうやって保管していますか?神社・仏閣を廻って御朱印を受けているとあっという間に御朱印帳の冊数が増えていきますが、そのまま棚などに置いている方が多いのでは?。せっかくお受けした御朱印ですので、日本では古くから着物を始めとして大切なものを保管する為に使われていた「桐箱」に入れて保管した方がよろしいかと思います。
ぜひ、皆様も桐箱に御朱印帳を保管されてみたらいかがですか?
参拝記
県道175号線から北に真っ直ぐ大毛神社の参道が伸びています。鳥居前後に車の接触による倒壊防止の為に設けられた鉄製の枠が非常に目立つのでこれが一つの目印になるかと思います。駐車場は用意されていないようなので、参道脇に通行の邪魔にならない様に駐車するしかないかと思います。
参道入口
参道入口には、石灯籠一対、石造神明鳥居、社号標が据えられています。県道側に石灯籠が両脇に一対据えられている事から正直見通しの悪い交差点の様になっていますね。
社号標には旧社格である「郷社」、延喜式神名帳に記載されている事を示す「式内」が合わせて彫られています。
石造神明鳥居の前後には黄と黒による警告色が塗られた鉄製の鳥居保護枠が、さらに鳥居の柱部分にはガードレールが設けられています。この鳥居の保全設備を見ると、もしかしたら過去に何度か車が鳥居にぶつかっているのかもしれませんね。
境内入口
なかなか物々しい境内入口から真っ直ぐ北に延びる参道を進んでいくと、突き当りに大毛神社の境内入口が設けられています。境内入口部分には、社号標、基壇上に設けられた禁止事項が記されている告知板が設けられています。
蕃塀
石造支え柱が設けられている蕃塀です、近年再建された物の様で蕃塀自体が低い基壇上に設けられています。
蝋燭台
蕃塀から拝殿の間の正中部分からは外れた場所に置かれた石造の蝋燭台になります。柱部分などなかなか大味の造りになっているかと思います。ただ、屋根造形は細かい感じですが。
木造銅板葺四本柱タイプの手水舎です。各柱部分に倒壊防止用の鉄製の支え柱が設けられています。
ここ大毛神社の社殿は、拝殿も含めて基壇上に設けられているのが特徴的ですね。
切妻瓦葺妻入の開放的な拝殿と、祭文殿と瑞垣で囲まれた本殿を要する尾張造の社殿になります。
大毛神社の祭文殿を始めとする本殿構造物群になります。ここだけ見ると割拝殿の様な造りになっていますね。
境内社
資料では境内社は三社鎮座している様なのですが、現地で確認できた境内社は稲荷社と秋葉社の二社のみで、残る神明社は確認できませんでした。たぶん、神明社は本殿を囲む瑞垣内に鎮座しているのではないかと思います。
鎮座地を神社で確認
神社名 | 大毛神社 |
鎮座地 | 愛知県一宮市大毛五百入塚73(Googlemap) |
最寄駅 | 電車: バス:名鉄バス「大毛バス停」徒歩4分 |
ご自宅にお札は祀られていますか?
実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、
南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。