名所旧跡など

御幸山公園(名古屋市天白区御幸山)

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

施設紹介

施設名御幸山公園
所在地名古屋市天白区御幸山地内(Googlemap
URL
駐車場
訪問地2022年4月6日

沿革

 現在「御幸山」と呼ばれる地域は以前は「音聞山」と呼ばれる場所になります。江戸時代から名古屋名所図会にも記載されるほど風光明媚な場所だった様で、現在は周囲に建物が立ち並ぶなど遠望を望むことは厳しくなってきていますが、その昔は熱田湾を遠くに臨み、鳴海潟の海鳴りの音が聞こえた場所だったそうです。

 八事周辺は明治時代後半になり鉄道が敷設されるなどして観光地としての開発が進められていくことになるのですが、そんな都市開発の手が食われらえる前の明治二十三年(1890年)愛知県において陸海軍の合同演習が行われる事になります。

日本初の陸海軍連合大演習

 明治二十三年(1890年)三月三十日から四月三日にかけて日本初となる陸海軍連合大演習が愛知県知多郡半田町を中心に行われました。

  • 参加した兵数:陸海合わせて二万八千人
    • 陸軍:近衛師団、名古屋第三師団、大阪第四師団
    • 海軍:御召艦の八重山をはじめ高千穂・大和・高雄・葛城・扶桑・浪速・金剛・鳳翔・天龍・筑紫・摩耶など二十三隻の軍艦のほか、水雷艇および運送船が知多半島の東の三河湾・衣浦湾に展開。
  • 日程
    • 三月三十日:伊勢湾沖で海軍演習
    • 三月三十一日:衣浦湾にて海軍演習、半田地区で陸軍演習
    • 四月一日・二日:知立・刈谷から鳴海・名古屋東部で陸軍演習
    • 四月三日:観兵式が行われる

 三月三十日は半田大本営が置かれた小栗富次郎邸に宿泊され、翌三十一日は半田の乙川と刈宿で陸海軍大演習を御統監されています。

 四月二日は音聞山に御野立所が設けられ、ここから陸軍の大演習を御統監されています。

 明治二十三年に明治天皇が愛知県に行幸され、陸海軍連合大演習の中の鳴海から尾張東部で行われた陸軍演習を音聞山から御統監されています。

 この陸海軍大演習が行われた明治二十三年は日本国の明治維新以降の政治体制が徐々に形になってきた年であるとも言えます。

  • 七月一日:第一回衆議院議員選挙
  • 十月三十日:教育勅語発布
  • 十一月二十五日:第一回帝国議会招集
  • 十一月二十九日:大日本帝国憲法施行

 日本史の授業でもかなり重要な年であると言えます。

陸軍名古屋特別大演習

 大正二年(1913年)には再び名古屋周辺において大規模な陸軍の大演習が行わる事になります。これは「陸軍特別大演習」と呼ばれるもので、大日本帝国陸軍が天皇陛下の統監のもと原則毎年行われる大規模演習になります。第一回は明治二十五年(1892年)に栃木県宇都宮地方で行われ、昭和十一年(1936年)まで三十四回実施されています。

 陸軍名古屋特別大演習は大正二年(1913年)十一月十三日から十七日にかけて行われ、大正天皇が一週間滞在し「大元帥」として統監を行った。十一月十二日に名古屋に到着された陛下は名古屋城に築かれた名古屋離宮に宿泊され、翌十三日に音聞山山頂にて、眼下の河川敷で繰り広げられた大演習を天皇自ら統監されています。

 陸軍特別大演習の絵葉書が発行されている様で、色々と検索すると大正二年の愛知県での演習の他にも各地で行われた大演習の絵葉書を見る事ができます。各地の演習でも同様なのですが、陛下が統監される場所を「御野立所」と呼ぶのですが、テントが張られてそこから統監されていた事が絵葉書から読み取る事が出来ます。

 天皇陛下が統監された御野立所となった事を記念して、二年後の大正四年にこの地に「御統監之所」の碑が建てられます。また昭和に入って、「明治天皇八事御野立所」の碑も建立され、天皇が行幸された地という事から地名を音聞山から御幸山へと変更されています。

愛知県下新十名所

 「八事音聞山」は昭和二年に昭和二年に新愛知新聞社(現:中日新聞)が読書の方達からの投票によって愛知県の新しい十名所を決定しようという企画「愛知県下新十名所」において「2,978票」を集めて「第42位」になっています。

八事音聞山42位/57位2,978票

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探訪記

 名古屋市立御幸山中学校の南側に明治天皇、大正天皇の両陛下が統監された場所は現在「御幸山公園」と整備され、それぞれ記念碑が据えられています。

 明治天皇八事御野立所の記念碑

 昭和になると全国的に明治・大正両天皇陛下の事績を顕彰する動きがあり、特に明治天皇がここで統監なされたという事で、昭和十年に国の史跡に指定されています。その後、昭和十二年には現在現地に据えられている石碑が建立。たぶんこの頃から音聞山から御幸山に呼称が変わったんだと思われます。

大正天皇 御統監之所 石碑

 戦前は、石碑の周りには石柱の瑞垣が据えられていたそうですが、現在はこれら瑞垣は取り外されてはいますが、基壇が設けられたなかなか重厚な石柱が建てられています。

 かなり建物が建って見通しが悪くなったとされていますが、それでも御幸山公園からの眺望はかなり遠くまで見通せます。現在は住宅が立ち並ぶ場所も、明治・大正時代には帝国陸軍が大規模な演習が行えるだけど野原が広がっていた訳で、戦後の都市開発のすごさを感じますね。

音聞山を望む

 道を下った先にあるこんもりとした緑が広がっている辺りは現在でも「音聞山」という地名になっているばしょになります。その木々が広がっている場所の先が「御幸山」になります。音聞山・御幸山と地名は分かれてしまいましたが、ここから望むと天白川に迫る様な丘陵地域の端部分であることがわかりますね。(写真右手側が天白川になります。)

所在地を地図で確認

施設名御幸山公園
所在地名古屋市天白区御幸山地内(Googlemap
最寄駅鉄道:名古屋市営地下鉄・鶴舞線「塩釜口駅」
バス:

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