達磨山 葦航寺(美浜町布土) 知多新四国霊場開山所

寺院情報

寺院名達磨山 葦航寺
所在地愛知県知多郡美浜町大字布土字平井百三十一番地
御本尊釈迦牟尼仏
宗 派曹洞宗
創 建元亀元年(1570年)
札 所知多四国霊場 開山所
御朱印
H P

参拝日:2018年5月16日

由緒・沿革

 知多四国霊場の開創に尽力した方達を「三開山」と呼んでいます。知多四国霊場七十九番「白泉山妙楽寺/紹介記事」の住職だった「亮山阿闍梨」が弘法大師の霊夢を見て、知多四国霊場の開創に向けて動き始めます。真言宗の寺院が少ない知多半島において、弘法大師の霊場である新四国霊場を開創するのは並大抵な事ではなく、苦労の連続だったといいます。そんな中、四国讃岐出身の若者が全国行脚の中知多半島を訪れ、大井にある「宝珠山医王寺/紹介記事」にて亮山阿闍梨と運命的な出会いをします。この若者こそ、知多四国霊場三開山に名を連ねている「武田安兵衛」です。

武田安兵衛とは?

 天明八年(1788年)、讃岐国香川郡安原上東村(現在の香川県高松市)にて生誕。十九歳の時に「高松候陪臣伯叔良蔵」の養子となるが、二十一歳で養父が病没。養父死亡後の文政二年(1819年)に諸国遍歴の旅に出かけ、二度知多半島を訪れたという。文政六年(1823年)、二度目の知多半島来訪の際、大井の宝珠山医王寺にて「亮山阿闍梨」と「岡戸半蔵」に出会い、亮山阿闍梨の思いに感銘し、知多四国霊場開創へ協力を行っています。文政七年の知多四国霊場が開創され、翌年の文政八年(1825年)に布土十王堂にて没す。戒名:廻翁浄国信士。墓所は「達磨山葦航寺」

 葦航寺は元気元年(1570年)に玄光和尚による創建と伝えられますが、詳細は不詳の様です。

 開創は元亀元年(1570年)に玄光和尚による。
 開山所と称されるように、知多四国三開祖のひとり武田安兵衛ゆかりの寺である。安兵衛は施行讃岐の生れ、二十一才に養父病没、三十三才の時故郷を出て諸国遍歴し翌年知多半島を一巡した。三年後再び知多に来て、南知多町大井の医王寺、宝乗院に市住した。そこで知多四国開創発願者、亮山和尚と値遇し、霊場開創の為に東奔西走したのである。八十八ヶ所の札所に本四国霊場の砂を納め、大師の尊像を祀り、知多四国開創の大願がかなった翌年、文政八年(1825年)、三十八歳の若さで、布土の十王堂で客死した。法号廻翁行者、当時に祀られる。

「知多四国めぐり」より

知多四国霊場を行く

二十四番札所「慶亀山 徳正寺」を後に、国道247号線を南下していきます。

慶亀山 徳正寺(武豊町里中) 知多四国霊場 二十四番札所
寺院情報寺院名慶亀山 徳正寺所在地知多郡武豊町字里中九十二番地御本尊大通智勝仏宗 派曹洞宗創 建永正十年(1513年)札 所知多四国霊場 二十四番札所知多百観音 二十七番札所知多秩父観音 三十三番札所※知多直伝弘法二十八番...

本来なら「富貴駅東」交差点を右折して二十五番札所「法輪山 円観寺」を目指すはずだったのですが、なぜか交差点を素通り・・・・。

あれ・・こんなに遠かったかなあ~って思っていたら・・・

ぐあ・・開山所の葦航寺の案内板が・・・。二十五番札所には後日参拝することにして、開山所「達磨山 葦航寺」を目指すことにします。

参拝記

地図を見て頂くとわかると思うのですが、葦航寺周辺は昔からの集落に多い「狭い道が曲がりくねっている」という状態でして、「布土」交差点を右折して県道273号線に入り、看板に沿って回り込んだ方がいいかと思います。

境内入口

石段が続く境内入り口になります。山門はなく、また寺号標なども見当たりません。
じゃあ、石段横にある石柱は?と思われると思います。

何を意味する石柱なのか・・・拾六番三拾三と彫られているで観音霊場の十六番札所ということなのか・・・しかしこの葦航寺に観音様が安置されているのか・・・解らない事だらけですね・・・。

瓦葺四本柱タイプの手水舎になります。
木の感じから最近造営されたものっぽいです。

本堂

釈迦牟尼仏が安置されている寄棟造瓦葺平入の本堂になります。
こちらの本堂も最近建て替えられた本堂の様です。
以前の本堂は、茅葺屋根にトタン板を上から張っていた造りの本堂だったようです。

山号の書かれた扁額が掲げられています。

何故に達磨なのか?
達磨大師が中国の揚子江を渡る為に、葦で作られた舟に乗って渡ったという故事があって、「葦」「航」寺の寺名と故事をかけて「達磨山」にしたとか。

弘法堂

寄棟造瓦葺平入の弘法堂になります。
中央に弘法大師像が置かれ、左側(向かって右)には納経所があります。
その納経所の前に、何やら像が建っています。

こちらが知多四国霊場三開祖の一人「武田安兵衛」を模した像のようです。

実は、この像の隣には、「武田安兵衛」(法号「廻翁行者」)の墓が安置されています。ぜひ、葦航寺を参拝する際には、本堂、大師像に参拝するだけではなく、こちちらの廻翁行者の墓も参拝していて頂きたいですね。

そのための開山所じゃないのかな?と思いますので。

弘法堂に掲げられた扁額・・・・たぶん開山所とかかれているんだと思うのですが。

様々な大師像が安置されています。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

一心大師像

一心大師と書かれた祠に祀られている大師像になります。
この一心大師像とは?Google先生で検索してもいまいち情報がだてきません・・・。

中には犬?狛犬?も両脇に鎮座しています。

弘法大師像の事なんだろうか・・・う~ん・・・。

御朱印

参拝を終えて

葦航寺を後に、狭い路地を進めていくと、途中に石柱が立っていました。
黄色い案内板に上部が隠されてしまっていますが「知多四国開山之墓」と書いてありますよね。

この案内石柱にある様に、やはり葦航寺に参拝する時には、廻翁行者の墓を参拝するのがいいと思います。

次の目的地は

開山所「達磨山 葦航寺」を後にして、次は番外「慈雲山 影現寺」を目指します。

慈雲山 影現寺(美浜町) 知多新四国霊場 番外札所
寺院情報 寺院名 慈雲山 影現寺 所在地 愛知県知多郡美浜町大字時志字南平井八十六番地 御本尊 釈迦牟尼仏 宗 派 曹洞宗 創 建 永正元年(1504年) 札 所...

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