半田市 知多四国八十八ヶ所

亀嶺山 海潮院(半田市亀崎町) 知多新四国霊場 五十四番札所

2018年11月30日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

寺院情報

寺院名 亀嶺山 海潮院
所在地 半田市亀崎町一丁目百三十番地
御本尊 釈迦牟尼仏
宗 派 曹洞宗
創 建 文明年間(1469-1487年)
札 所 知多四国霊場 五十四番札所
御朱印
H P

参拝日:2018年5月23日

知多新四国霊場公式ホームページのご紹介


http://chita88.jp/

沿革・由緒

文明年間(1480年頃)に安窓全公首座の開基によって創建された海潮院は、当時海長庵と称し、北浦にあった。
大永年間(1521-1527年)、伊勢より来た稲生正勝亀崎領主は、当庵を海潮院と改称した。江戸時代後期には荒廃したが、鉄柱苑石和尚により再興された。

「知多四国めぐり」より


知多四国霊場の中で、この五十四番札所だけ飛地の様に半田市の亀崎にあります。江戸時代までの五十四番札所は美浜町の野間にある大御堂寺の塔頭であった竜松院にあったそうなのですが、明治維新の時に起きた廃仏毀釈などの影響で廃寺となり、明治三十二年に海潮院に弘法大師像を仮安置され、明治三十四年正式に海潮院の什宝物として寄附され五十四番札所になったといいます。この辺りにも時代のうねりを感じてしまいますね。

平成の世に本堂が建て替えられますが、それ以前の本堂は茅葺の本堂だったそうです。

後から紹介する本堂と見比べて頂ければ幸いです。

知多四国霊場を行く

知多新四国霊場、巡礼の旅も3日目に突入です。この日は、日中雨が降り続き、更に時折雨足が強くなるという巡礼にはとても不向きな天候の中、雨天強硬の感じで知多半島に向かいます。

2日目は、十七番札所「樫木山 観音寺」まで参拝をしてきました。

3日目は、岡崎市から衣浦大橋を渡って半田市に入り、そこから南下していくルートになります。衣浦大橋を渡り、衣浦大橋西交差点を左折し少し走ると反対車線側に寺院と神社が見えてきます。ここが五十四番札所「亀嶺山 海潮院」になります。

駐車場は、海潮院のすぐ隣に鎮座する神前神社側にあります。

参拝記

亀崎は、周囲をかなり埋め立てらえてしまった為、元々の地形がわかりにくくなってしまいましたが、地名に「崎」がついている所からわかる通り、衣浦湾に突き出た様な地形になっていました。

明治時代の地図をば。小さくて見えにくいですが、矢印の先の卍マークが海潮院になります。
神前神社には、その昔「亀崎城」があったと言います。地図を見ても、衣浦湾を一望できるこの場所は城を作るには適した場所なのが解りますね。

境内入口

衣浦大橋から知多半島の外周をぐるっと回る形で走っている国道247号線沿いに海潮院の入口があります。本堂が海に向かって建っていて、その正面に入口があります。石柱や山門などは存在せず、左右に設けられている壁に寺号と知多四国霊場の札所の案内板が掲げられています。

手水舎

銅葺の二本柱タイプの手水舎になります。水盤には、鬼瓦の一部?と亀の置物が置かれています。

これは・・・「亀」崎だからなのか?

本堂

入母屋造瓦葺平入、向拝の設けられた本堂になります。
瓦葺の本堂もいいんですが、先に紹介した茅葺屋根の本堂と比べると、情緒は先代の本堂の方がありますねえ。
建て替える前に一度見てみたかったで。

ここの本堂は、正面の入口部分にアクリル板が張られていて、ドアが半開きの様な形になっています。実際、本殿正面扉が閉じられていて、御本尊などを拝見できない寺院が多い中、ここの本堂の様に中に入れないとしても、御本尊を拝見できるようになっているのはいいなあと思います。・・・ただ・・・アクリル板が非常に光を反射しやすくて、アクリル板の間直まで行かないと見えないので、傍から見ると不審者?と見えてしまうのが玉に傷って感じでしょうか。

本殿に掲げられていた、山号標になります。

金比羅権現堂

本堂の右側(向かって左手)に建っている、金比羅権現堂になります。
中央に金比羅大権現、左側に豊川稲荷大明神、右側に秋葉三尺坊大権現が安置されています。

弘法堂

なぜか、弘法堂の外観を撮影し忘れていた様で・・・・。雨が強くて撮れなかったという事にしてください・・・。

入母屋造平入の弘法堂が本殿向かて左手に建っています。
この弘法堂には杖が奉納されていて、「失明者開眼之杖」といいます。

失明者開眼之杖


大正元年、東春日井郡水野村に住む当時五十歳の加藤さんの盲目の目が海潮院の大師像前に於いて突然見えるようになったという霊験記が残っています。
そのお礼にと海潮院に「失明者開眼之杖」として残されています。

何かと弘法大師には色々な伝説がありますね。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・。

皇紀二千六百年記念の知多新四国霊場札所案内の石柱です。
寺院で皇紀二千六百年記念の石造物を見かけることは、まあまあ珍しいかなと思います。

御朱印

参拝を終えて

天気が雨ではなかったら、神前神社や亀崎城址なども寄っていきたかった所なのですが、雨天での参拝は晴れている時よりも時間がかかりそうだったので、泣く泣く素通りすることに・・・。

次の目的地は

知多四国霊場五十四番札所「亀嶺山 海潮院」を後に、次は番外の「亀宝山 東光寺」を目指します。

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