安城市 安城市 矢作川神社巡り紀行

素戔嗚社(愛知県安城市小川町)

2020年6月20日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

神社紹介

神社名素戔嗚社
鎮座地愛知県安城市小川町福地一番地
御祭神素戔嗚尊
旧社格村社
創 建安永二年(1773年)
神名帳
境内社不詳社一社
例祭日四月二十九日
御朱印
H P

参拝日:2020年6月15日

御由緒

  江戸時代の安政二年(1773年)に福地村に疫病が蔓延したといい、当時福地村は岡崎藩の領地であったことから、当時の岡崎藩主「本多忠粛」は尾張国津島に鎮座し「津島天王社(現在の津島神社)」より牛頭天王を勧請し、祈祷した事が「素戔嗚社」の創建であると言われています。

愛知県神社名鑑によると、最初、現在の小川町清水道附近に勧請した牛頭天王を祀ったと言います。清水道は現在安城市立桜井小学校が建っており、そのすぐ隣には「神明社・小川天神社合殿」が鎮座していて、当時小川の中心に鎮座していたのでしょう。

 疫病が治まると、疫病治癒の祈祷の為に勧請された牛頭天王を福地村の産土神として祀る為に、福地村の南にあたる馬場瀬十四番に社殿を建立しています。当時の情勢を考慮すると社名は「天王社」としていたのではないでしょうか。
 明治時代になり、神仏分離令により全国の天王社が津島神社または素戔嗚社に改称したのと同様、福地村の天王社も「素戔嗚社」と改称したと思われます。小川町の矢作川の河川敷近くに鎮座していた神社は明治時代に行われた矢作川改修工事により境内地を遷座しています。ここ素戔嗚社も例外ではなく、馬場瀬から現在の境内地に遷座しています。
 太平洋戦争終盤の昭和二十年五月一日、村社に列格しています。以前紹介した「荒神社/紹介記事」もそうですが、終戦直前に社格を昇格している神社が結構あり、これはなにか政治的判断があったのでしょうか?

 社伝に安永二癸巳年(1773年)正月、近在に悪病流行し斃(たお)れる者多く、領主岡崎城主、尾張津島牛頭天王を勧請字清水道に祀り祈祷するに悪病退散す。という。後当福地村の産土神として字馬場瀬十四番に鎮座する。明治六年、据置公許となる。同十七年矢作川改修に堤防敷となり現在の社地に遷座する。四月例祭には小川八ヶ村より代表参列する。昭和二十年五月一日、村社に列格した。同五十年四月二十七日、拝殿を改築する。

愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」より

歴史探訪

 「熊野神社/紹介記事」、「春日神社/紹介記事」、「荒神社/紹介記事」、「天神社/紹介記事」に続き、旧碧海郡桜井町の矢作川堤防沿いに鎮座する神社の紹介となります。特に、安城市小川町となる小川橋から美矢井橋の間にはまさに堤防沿いに神社が四社鎮座しており、この間の堤防道路を走っていると他には中々出会えない特異な景色が広がっています。

 素戔嗚社と次回紹介する予定である「熱田社」とはまさに隣り合う様に神社が鎮座している、そんな位置関係にもなります。上記の写真で手前側の森は今回紹介する「素戔嗚社」の鎮守の森、そして少し奥にみえる森が「熱田社」の鎮守の森です。

 由緒に出てくる牛頭天王を勧請した岡崎藩主の「本多忠粛」は、徳川四天王の一人「本多忠勝」の末裔となります。忠粛は「石見国浜田藩」五万石の三代目藩主だったのだが、明和六年(1769年)に岡崎藩主として転封されています。そして明治維新までこの本多家が岡崎藩主を勤めていく事になります。

 旧碧海郡桜井町に当たる個所を巡っております。旧桜井町にあたる矢作川の堤防沿いには六社も神社が鎮座しており、そのいずれもが堤防と接した形で鎮座しています。矢作川堤防を走っていてもとても特異な場所になっています。そんな矢作川沿いの神社もすべて紹介しています。

参拝記

 前回紹介した「天神社/紹介記事」より矢作川右岸の堤防道路を北上する事、車で1分。まさに堤防に沿うように鎮守の森が見えてきます。ここが今回紹介する「素戔嗚社」になります。車の通行に邪魔にならない場所を見つけて駐車して下さい。

境内入口

 矢作川堤防の中段部分にあたる感じの場所に「素戔嗚社」が鎮座しています。矢作川の堤防道路は堤防の改修工事の時に拡幅を合わせて中段に移動されている個所が増えてきているのですが、この辺りは神社が鎮座していて移動できない感じなんですよね。

社号標

 「荒神社」と同じ理由かと思いますが、村社に列格したのが昭和二十年となる為、新たに社格を彫った社号標を作る時間も余裕もなかったのではないかと思います。

鳥居

 建立年月が不明ですが、扁額のない明神鳥居になります。

祓戸

 基壇の上に瑞垣が設けられ榊が植えられた様式の祓戸になります。この祓戸も場所ごとに特徴があるのか、調べていきたい所ですね。

手水舎・水盤

 木造瓦葺四本柱タイプの手水舎になります。それぞれの柱に転びが設けられていて安定感のある外観となっています。

狛犬

 生まれた年月を調べ忘れてしまいましたが、子乗り玉乗りの狛犬一対です。全体のシルエットから昭和後期に頃に作られた狛犬の印象を受けますがどうでしょうか。

社殿

 入母屋造瓦葺平入の拝殿となります。ここ素戔嗚社の拝殿は、屋根の大棟部分に化粧瓦が据えられ、正面には龍の彫り物が掲げられています。

地図で鎮座地を確認

神社名素戔嗚社
鎮座地愛知県安城市小川町福地一番地
最寄駅あんくるバス2号桜井線「桜井中央公園バス停」徒歩20分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

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