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天竜山 常楽寺(半田市東郷町) 知多新四国霊場 二十一番札所

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寺院情報

寺院名 天竜山 常楽寺
所在地 愛知県半田市東郷町二丁目四十一番地
御本尊 阿弥陀如来
宗 派 西山浄土宗
創 建 文明十六年(1484年)
札 所 知多四国霊場 二十一番札所
法然上人霊場 一番札所
御朱印
H P

参拝日:2018年5月23日

知多新四国霊場公式ホームページのご紹介


知多四国公式サイト | 愛知県知多半島にある知多四国八十八ヶ所霊場の公式サイトです。

沿革・由緒

文明十六年(1484年)、諸国遊化の途中、立ち寄られた空観栄覚上人が応仁の乱の戦没者供養のためにと発願し、開創された。
第八世住職典空上人の母は徳川家康の母、伝通院の妹で、上人と家康はいとこの間柄だったため、歴史上に名高い桶狭間の合戦と本能寺の変の折、家康は難を逃れて常楽寺に立ち寄っている。
上人の弟子達が裸馬に乗って警護し、三河へお送りした折、裸馬にまたがる僧たちを見た家康が「鞍を得させよ。」と与えた鞍、鎧が寺宝となって残っている。

尾張藩主初代・徳川義直から「浄土宗西山派知多一群の総本山なり」とお墨付きを受けた名刹、常楽寺である。

「知多四国めぐり」より

知多四国霊場を行く

二十番札所「萬松山 龍台院」を後にし、二十一番札所「天竜山 常楽寺」に向かいます。

萬松山 龍台院(半田市前崎東町) 知多新四国霊場 二十番札所
寺院情報 寺院名 萬松山 龍台院 所在地 愛知県半田市前崎東町三十五番地 御本尊 十一面観世音菩薩 宗 派 曹洞宗 創 建 天正元年(1573年) 札 所 知多...

常楽寺を出発し、名鉄河和線の踏切を渡り、国道247号線に出て南下していきます。凡そ1.5kmほど南下していくと、

反対車線側に寺院特有の筋壁が設けられた「天竜山 常楽寺」が見えてきます。

後で述べますが、知多四国霊場の札所になっている寺院の中でもここ「常楽寺」は、非常に寺院の規模が大きい(栄えている)寺院になるのかなと思います。寺院を巡っていると、過去には七堂伽藍を備えていたとか、塔頭を要していたなど、過去は非常に栄えていたと記録に残っている寺院は数多くありますが、その多くは現在では往時と比べると規模を縮小してしまっていますね。そんな中、常楽寺は本堂が火災で焼失してしまうなどの困難を乗り越えて、往時の寺院の規模を現代に伝えている寺院だと思います。

参拝記

名鉄河和線「成岩駅」から500mほどの距離になるでしょうか、半田市の南部の成岩地区に鎮座するのが常楽寺になります。
関ヶ原の合戦後の慶長六年(1601年)から約五年間、この常楽寺の近くに成岩以南を支配する成岩代官所が置かれました。代官は榊原六郎左衛門が務めています。

さて、この榊原六郎左衛門なる人物、実は当ブログにその名が登場するのは二度目となります。一度目は、西尾市巨海町の八剱神社を紹介する記事に登場していまして、この記事の中で、「・・・、天正十三年(1585年)榊原六郎左衛門領主となり社殿を再建し、・・・」と御由緒の中に書かれていました。

半田までちょっと距離があるので、中々訪問できない中、こうやって知多四国霊場を巡礼している時に、成岩代官所が近くにあるなんて何かの縁を感じざるを得ません。

八剱神社(西尾市巨海町)
神社情報神社名:八剱神社鎮座地:西尾市巨海町宮岸四十番地御祭神:熱田皇太神旧社格:郷社創 建:大同二亥年境内社:津島社、熊野社、御鍬社、鹿嶋社、八幡社、秋葉社、琴平社、神明社例大祭:十月九日御朱印:-H P:ー参拝日...

西尾市の八剱神社周辺も大師信仰が非常に篤い地域になっています。近年再興された三河新四国霊場の札所は残念ながら選ばれていないのですが、江戸時代末期から明治時代にかけて開創された、三河海岸大師霊場、(旧)三河新四国霊場、三河国准四国霊場などがあり、更に観音霊場も存在しています。今では知多四国霊場と異なり忘れ去られかけている霊場になってしまっていますが、当ブログにて順次紹介していきますので、是非参考にして頂き、巡礼して頂ける方が増えたらうれしいですね。

参道

駐車場は山門のすぐ近くにある為、駐車場からすぐに山門を潜り境内に行けてしまうのですが、山門からまっすぐ伸びた道路の先に寺号標が据えられています。寺号標の場所から山門方面を望む風景もぜひ見て頂きたいポイントですね。

寺号標

かなり大きく立派な寺号標になります。帆本尊国宝、家康公遺蹟と彫られていますね。現在、本尊は国の重要文化財に指定されていますね。

参道脇の辻堂

馬頭観音、地蔵菩薩が安置されています。

薬師教会

半田市の文化財に指定されている薬師教会になります。
中には、薬師如来坐像、聖観世音菩薩立像、大日如来坐像が安置されているそうです。中は暗くて確認することができなかったのが残念。

仏教で教会はあまり聞きなれないのですが、基本は布教のための説教所の様なものを指すらしいです。布教の為ですから、本尊などの仏像も置いていない所も多いんだとか。ただ、ここ西薬師教会には、半田市指定文化財の仏像が三体も安置されています。そう思うと、崇敬する人がこの境界の中で仏像に手を合わせる施設と考えた方がいいのかもしれませんね。

山門

八脚楼門の山門になります。四脚門から左右に一間ずつ間を追加させ三間で門柱が四本、控え柱が八本ある門を八脚門と呼びます。で、追加された間の部分に、多くの寺院では仁王像を安置させていて、こういった門を仁王門と呼びます。

この常楽寺の山門に安置されている像は仁王像ではなく、四天王のうちの広目天と増長天が安置されています。四天王の内の二体が安置されている門を二天門と呼ぶそうです。

 

常楽寺の参拝の時点では正直な所、仁王像以外に四天王像とか安置さえる門がある事をまったくしらず、写真を見直していたら、「あれ?仁王像とちゃう。」と二天門の存在に気付いた次第で・・・。さらに、実はこの先、四天王すべてを安置している四天門(こういった呼び方をするのかは不明ですが・・・)の八脚楼門の山門も登場してきます。山門に像が安置されている=仁王門という認識を改めるいい機会になりました。

塔頭

山門を潜ると、参道が本堂に向かって伸びているのですが、その参道の両脇に、常楽寺が現在でも非常に栄えている寺院と紹介した所以である塔頭が並んでいます。

一番山門よりにある塔頭「真如院」になります。

参道右手にある塔頭「遣浄院」

真如院の隣にある塔頭「超世院」

国道247号線沿いにある参拝者用駐車場を利用した場合、塔頭である「来迎院」境内を通過して常楽寺の境内に向かうよう案内板がだされています。実は参道から少し外れた場所にあるのですが、ここで紹介します。

手水舎・水盤

コンクリート造り瓦葺四本柱タイプの手水舎になります。
水盤の横には水かけ地蔵尊が安置されています。

コンクリート造りという事もあり、柱も太くどっしりとした印象を受ける手水舎です。

本堂

入母屋造瓦葺平入向拝が設けられた、かなり大きな本堂になります。

ご覧の通り、非常に幅広くとられた向拝になります。これだけ幅広の向拝ですと、中間に支柱がないと支え切れないのがよくわかりますね。さらに浄土宗のお寺らしく高覧の設けられた廻縁が本堂の周囲を巡っています。

こちらが本堂中央に安置されている阿弥陀如来像になります。
国の重要文化財に指定されている仏像なんだと思うのですが、今まで指定文化財の本尊となると秘仏になっていたり、本堂そのものが鑰がかけられていて、拝見することができなかったケースが多かったので、うれしいことなんですが、これだけあっさり拝見できてしまうと、もしかして違うんじゃないか?と疑心にかられるのはしかたないことなんですかね・・・。

本堂の鴨居に掲げられている山号標になります。

観音堂

薬師如来が安置されている薬師堂になります。
まるで鐘突き堂があったかの様な石垣の上に御堂が作られています。

あと、その前に据えられている石灯篭なんですが、火袋石が抜けていて、献灯できなくなっていますね。

弘法堂

入母屋造瓦葺妻入りの弘法堂になります。

中央に観音菩薩、左側(向かって右)は毘沙門天、右側(向かって左)は弘法大師が安置されています。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」・・・

弘法堂の土間部分の左側部分に賽の河原地蔵尊が安置されています。背景に描かれた絵といい、ここの場所だけなにやら異世界の感がします。

こっとり地蔵

「生きている時は健康で、死ぬ時はこっとり死ねるように」この人生至上の願いをこっとり地蔵に託します。

朱塗りの六面祠に入ったお地蔵様です。

懸魚・鬼瓦

鰭の無い猪の目懸魚と立体的造形がすごい鬼瓦になります。
さらに尾張徳川藩の三つ葉葵の紋が掲げられています。

御朱印

参拝を終えて

神戸川に向けてまっすぐに参道が伸びています。明治時代の頃までは寺号標が建っていた場所まで参道が伸び、その先は田圃だった様子です。今では、突き当りには県道34号線半田常滑線が東西に走り、知多半島横断の大動脈の一つとなっています。


雨天と時間との関係で塔頭四寺まではきちんと参拝できなかったので、次参拝する機会があれば、きちんと参拝していきたいと思っています。

次の目的地は

常楽寺の脇にある秋葉堂を紹介します。
なにやらこの秋葉堂のあたりに成岩代官所が置かれていたんだとか。


知多四国霊場巡礼の旅では、

二十一番札所「天竜山 常楽寺」を後にし、二十二番札所「御嶽山 大日寺」を目指します。次の大日寺より武豊町を巡っていきます。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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