2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

彼岸山 極楽寺(東浦町森岡) 知多四国霊場 七番札所

スポンサーリンク

知多新四国霊場を行く

知多新四国六番札所の「万年山 常福寺」と鎮守社である「生目八幡宮」の参拝を終えて、次は七番札所である「彼岸山 極楽寺」を目指します。二番札所の「法蔵山 極楽寺」と山号違いですが寺名は同じですので混同しちゃいそうですね。

極楽寺の場所は、ドミー東浦店さんのすぐ裏手になります。

この極楽寺から少し北側に行ったところに「村木砦跡」があります。天文二十三年(1554年)に勃発した村木砦を巡る「織田信長」と「今川義元」の戦いの場所です。織田氏と今川氏の戦いでは桶狭間の合戦が有名ですが、それ以外でも尾張国と三河国の間では両軍の戦いが絶えなかったそうです。

織田氏、今川氏、松平氏、水野氏・・・尾張と三河の支配権をめぐる各武将が入り乱れて混沌としていた場所が桶狭間からこの森岡地区に到る場所なんだと想像できますね。

この村木砦の戦いの痕跡については、今回の巡礼の途中では訪れることができなかったので、近いうちに訪れたいとおもっています。


管理人が行く知多四国霊場巡礼の旅

知多新四国霊場を行く
知多新四国との出会い 当ブログの企画の中で、歴史紀行という企画がありまして、源義朝繋がりで愛知県知多郡美浜町にある"野間大坊"周辺に伺い、記事にもさせて頂いております。 五十三番札所である"鶴林山 安養寺"に伺った時に、その出会...

観光バスで知多四国霊場の巡礼をお考えの方は、クラブツーリズムの知多四国巡礼ツアーがお勧め!

≪国内旅行≫リピーター続出!クラブツーリズムの大好評ツアーはこちら

寺院情報

寺院名:彼岸山 極楽寺
鎮座地:愛知県知多郡東浦町大字森岡字岡田五十一番地
本 尊:阿弥陀如来
宗 派:曹洞宗
創 建:永享二年(1430年)
札 所:知多新四国霊場 七番札所
H P:-
御朱印:〇

参拝日:2018年4月25日

沿革・由緒

永享二年(1430年)に玉海通公大和尚によって開創。戦国時代に尾張、三河の境にあたるので武士の宿坊として当時小さな寺が建てられたと言い伝えられ、安政三年檀信徒の喜捨により伽藍の落成をし、明治七年法地に昇格現在に至っている。
境内に歴代住職の墓石が十七基あり開創の遠いことを物語っているが現在は五世となっている。

知多四国めぐり」より

1874年法地開山。1980年には昔渡し船を役目としていたという臨海寺を合併。境内の薬師堂には、薬師如来・抱地蔵・秋葉権現・弘法大師を合祀し、中でも人気がある抱地蔵は、願い事を念じながら目を閉じてお地蔵様を両手で抱き上げた時、軽く感じれば願い事が成就すると言われる。

参拝記

極楽寺の参拝者用の駐車場に車を止め、極楽寺を目指すと、一番最初に目に飛び込んでくるのが、

この立派な大楠です。東浦町の指定天然記念物。樹齢は五百年を超えているそうで、目通りの周囲が4.2mを超えているんだとか。

楠の木は巨木になりやすい木なんでしょうか。なんとなく巨木=楠or杉というイメージがあります。

境内入口

参拝した時は、四月の下旬、まさに”つつじ”のシーズン真っ只中です。とてもきれいなつつじの花が出迎えてくれました。

石段を上がった先は門前の広場みたいになっています。

ここには、何やら短歌の彫られた歌碑と独特な寺号標が据えられています。
さらに反対側にも、

「かりの世を 救いの船に 棹さして 渡れよ彼岸 極楽の寺」

極楽寺の寺名の由来になった歌なんですかね?

花壇?の柵は洋風なんですよね・・。ちょっとここが残念・・・。

山門

袖壁が設けられた薬医門になります。
両側の門柱には「暴力追放半田知多郡連絡協議会会員」が掲げられています。

そう、暴力はよろしくないです。

手水舎・水盤

木像銅葺四本柱タイプの手水舎になります。
ここの水盤は自然石をくり抜いて、青銅の竜頭の給水口が設けられています。
当然の様に、水かけ地蔵尊が安置されていますね。

本堂

この極楽寺では、本堂と大師堂が併設するかのようにすぐ隣に建っています。

寄棟造木像平入の本堂になります。
外階段の高床式なんですが、廻縁は設けられていません。

弘法堂

由緒で「薬師如来・抱地蔵・秋葉権現・弘法大師」が合祀・・・というか一堂に集められた御堂になります。このブログでは便宜上弘法堂と呼ばせて頂きます。

弘法堂は入母屋造木像妻入りで向拝が設けられています。

「南無大師遍照金剛」「南無大師遍照金剛」「南無大師・・・」

弘法大師尊象

この極楽寺には全国行脚の時の弘法大師の姿を模した像が建てられています。

参拝を終えて

彼岸山 極楽寺

非常に綺麗につつじが咲き誇っている思い出が残っています。

武士の宿坊として使われていた歴史からも、戦国時代の動乱時期を見つめてきた寺院なんだなと思います。
この辺りは歩けば歴史の痕跡に当たりそうな感じがして散策してみたい地域ですね。

次の目的地は?

次は知多新四国霊場八番札所「上世山 伝宗院」を目指します。

上世山 傳宗院(東浦町緒川) 知多新四国霊場 八番札所
知多新四国霊場を行く 知多新四国霊場七番札所である「彼岸山 極楽寺」と後にして、次は八番札所の「上世山 傳宗院」を目指します。 この緒川は徳川家康の母親「於大の方」の出身地になります。 傳宗院から南に向かう...

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

コメント