2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

観音寺(西尾市長縄町) ・西条吉良観音十九番札所

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以前、松平清康公仮葬地の碑を紹介した時にも少し出てきましたが、長縄城(稲荷社)のすぐ近くに鎮座しているのが今回紹介する観音寺になります。


松平清康公仮葬地碑


松平清康が森山崩れで急死し、その遺体を”大河内小見”という者が長縄の地に運び、荼毘に付した場所が観音寺の地だと言い伝えられています。現在でも観音寺のすぐ裏手に碑が建っています。

観音寺をしっかりと紹介していなかったという事と、寺津町周辺を散策して出会った西条吉良三十四観音という霊場の十九番札所になっていたことを知り、今回改めて観音寺を訪れました。

寺院情報

寺院名:泰平山 観音寺
鎮座地:愛知県西尾市長縄町玉屋15
本 尊:不明
宗 派:浄土宗西山深草派
創 建:貞治年間
H P:-
札 所:西条吉良三十四観音 十九番札所

参拝記

長縄町の稲荷社、長縄城跡、観音寺、松平清康公仮葬地の位置関係はこんな感じになります。

建立年月が貞治年間(1362-1367年)と伝えれていて、まさに南北朝時代真っ只中に建立されたことになります。この頃にはすでに寺津地区を中心にして大河内氏がこの辺りを納めていたと思われます。

コンクリート造りの本堂になります。一時期、木造だと耐震基準が満たせないとかでコンクリート造りの本堂が建設されていたと思いますが、最近ではまた木造の本堂が作られるようになってきた気がします。神社でも思う事なのですが、コンクリート造りの社殿なり本堂なんかはなんとなく味気ない感じがしますねえ。

本堂正面には観音堂があり、その中に観音様と地蔵尊が祀られています。

次回取り上げる予定ですが、こちらの自然石の碑が兵道塚と徳玄塚と言います。

東条城を巡る徳川氏と吉良氏との闘いの際、吉良城の北東に位置する駮馬山で戦死した大河内小見と富永伴五郎の弟”徳玄”の碑だとされています。元々は東条城近くにあったそうですが、圃場整備の際、この観音寺に移設されたそうです。


まさか再び観音寺に戻ってくるとは思っていませんでしたが、最初参拝した時には知らなかった西条吉良観音や兵道塚・徳玄塚を知り、歴史の繋がりの面白さを再認識させて頂きました。

もしかしたら、今まで紹介した場所にも新たな発見があって舞い戻るかもしれませんね。

 

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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