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神明社(愛知県安城市東別所町)

2020年8月8日

 安城市西別所町に鎮座する「神明社/紹介記事」を参拝し、今回は、東別所町の鎮守社となる「神明社」を参拝していこうと思います。東別所町は岡崎市西本郷町と接している市境の町になります。

神社紹介

神社名神明社
鎮座地愛知県安城市東別所町屋敷十九番地
御祭神天照大御神、倉稲魂命、火産霊命
旧社格神饌幣帛料供進指定村社
創 建永正十五年(1518年)
神名帳
境内社
例祭日十月十七日
御朱印
H P

参拝日:2020年8月5日

御由緒

 安城町誌を見ていると由緒は不詳とあったのですが、神社名鑑にはこの地の村主与三兵衛義福なる人物が永正十五年、勧請し建立したのが創建であるとしていますね。

 社伝に、別所郷の豪士村主与三兵衛義福、鎮守の神として伊勢皇大神宮を勧請時に永正十五年(1518年)八月八日、現在の社地に祀るという。明治五年十月村社に、正和二十年十二月九日、社殿を大改修し配神の二柱を合祀する。同二十年十二月十二日、神饌幣帛料供進指定に認定された。

愛知県神社庁発刊「愛知県神社名鑑」より

歴史探訪

 神明社を創建した村住与三兵衛義福が住んでいた別所郷は「三河萬歳」をこの地に伝えたという熱田薬師寺の僧「玄海」が時の安祥城主「松平親忠」に召し抱えられ、矢避け祈願や万歳祝言を行ったとされ、その褒賞に当時碧海郡長谷部郷と呼ばれていた場所に十五町四方の土地を与えら、この土地を「別所」と名付けたのが始まりと言われています。この玄海が伝えた矢避け祈願や万歳祝言などが三河萬歳と呼ばれるようになり、後に大行日吉法印が徳川家康に仕える事で全国に広まったと言われています。

参拝記

 西別所町の神明社の隣地にある「慈恵幼稚園」の北側を東西に走る市道を東に進んでいくと、今回参拝する「神明社」が鎮座しています。西別所の神明社から大体500m程の距離になるかと思います。
 東別所の神明社前から東を見ると、少し遠くに集合住宅の向う側に森があるのがわかります。この森が、五十狭城入彦皇子の陵墓とされている「和志山古墳」になります。

境内入口

 東別所の神明社には社号標はなく、一対の石灯篭が神明社の入口を示している様に据えられています。車止めにガードレールが使われている神社は始めて拝見した気がしますね。ただ、車は進入禁止だとわかりやすい表示としては非常に優れたアイテムなんだなと思います。

 鳥居

 西別所の神明社の鳥居と同じく、靖国鳥居が据えられていました。鳥居に掲げられている注連縄は近年その採用する神社が急速に増えている化学繊維の注連縄になります。毎年、藁の確保に頭を悩ませることも無くなり、確保できても今度は縄なう氏子の方達が負担が大きく、一度設置したら何年間かはそのまま掲げられるという化学繊維の鳥居なんですが、耐久年数はどれくらいなんですかね。

手水舎・水盤

 境内の隅に非常に小ぶりな水盤が据えられていました。

祓戸

 基壇の上に瑞垣が設けられた祓戸になります。

社殿

 切妻瓦葺平入の拝殿の社殿になります。倒壊防止用の鉄製の支え柱が設置されています。本殿を囲む瑞垣はブロック塀で作られています。

地図で鎮座地を確認

神社名神明社
鎮座地愛知県安城市東別所町屋敷十九番地
最寄駅あんくるバス5号「東別所バス停」徒歩6分

ご自宅にお札は祀られていますか?

実家には神棚はあっても、今お住いの所には神棚がない方も多いかと思います。神棚には、日本の氏神である"天照大御神"とご自身がお住いの氏神様のお札を掲げると御神徳が宿るとされています。
賃貸住宅などに住まわれて簡単に神棚を掲げられないという方もお勧めなのが、

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南向き、もしくは東向きになる様に、そして目線の高さより上になる様に、棚などの上において頂くとよいかと思います。是非、皆様もご自宅に神棚をご用意いただき、御札を納めてほしいなと思います。

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