2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

臨済山 金剛院(西尾市寺津町) 大河内氏旧菩提寺

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寺津城の城主だった大河内氏の旧菩提寺の金剛院になります。

菩提寺だったこともあるのか、古地図を見ると、この金剛院は寺図城内に鎮座しているように見えます。寺津城は、古地図を見る限り、つの曲輪から構成されているように見え、同時期の陣屋や城郭に比べても、大きい城郭だったと考えられます。


寺津城址(西尾市寺津町)


また、寺津の集落は、北端の八幡社と南端の寺津城の間に主に形成されていたことが読み取れます。この辺りは、碧海台地と呼ばれる地域であり、古来より本地だったと考えられます。

寺院情報

寺院名:臨済山 金剛院
鎮座地:西尾地寺津町馬場十四番地
本 尊:不明
宗 派:臨済宗妙心寺派
創 建:不明
H P:-
札 所:三河海岸弘法 六十二番札所
札 所:西条吉良三十四観音 二番札所
札 所:(旧)三河新四国 二十九番札所
札 所:三河新四国(旧)八十八ヶ所 七十番札所

参拝記

旧道沿いに境内入口があり、入口には薬医門が設けられています。
寺院の多くに見えるように門が設けられていますよね。神社とはこの門の有無が大きな違いになっていると思います。(神社にも隋神門など門が設けられている所もありますが少数にとどまっています。)

門の手前にある石碑は・・・

「三河海岸第六十二番札所」と彫られています。

「三河海岸」とは?

三河海岸弘法八十八ヶ所の事をいいます。名前からわかるとは思いますが、新四国霊場のひとつですね。この霊場の詳細が調べても中々資料に行き当たらず、詳細がわからなかったりしますが、その名の通り三河湾に分布している霊場かな?と思っています。

今回の寺津地区散策で何ヶ所か札所を巡ったので、そのあたりも紹介していきます。

さらに門をくぐると右手にはずらっと並んだ観音像。これまた詳細不明ながら、西条吉良三十四観音にまつわるものかと。

この辺りを散策していると、前述の弘法大師関係の霊場のほかに、行く先々で観音札所に行き当たります。

・西条吉良三十四観音
・東条吉良三十三観音
・吉良西国三十三観音

これまた他の札所の情報などを含めて調査中です。

水盤になります。中央に彫られた団扇紋は寺紋なんですかね。

寄棟造の本堂になります。
比較対象があまりないのと、基本神社の拝殿との比較になってしまうのでいけませんが、七間本堂になります。

本堂脇に鎮座する地蔵大菩薩象になります。
自分の地蔵のイメージからかなり逸脱したお姿をしています。

こちらは大師堂になります。
写真を撮り忘れてましたが、この大師堂の入口には「三河新四国第七十番札所」と掲げられています。1625年に開創した三河新四国八十八ヶ所の七十番札所としてこの金剛院が選ばれていたんですが、長い年月の中で三河新四国は一旦廃れてしまっていた様です。その後、もう一度札所を選定しなおして1964年に再興した形で開創したのが現在の三河新四国八十八ヶ所になります。

三河新四国といっても、新旧の霊場があるんですね。新しい三河新四国については、様々な情報があり、札所すべて把握できるのですが、(旧)三河新四国については、現在調査中・・・中々資料に行き当たらないんですよね・・・。


・2018.09.15追記

(旧)三河新四国の札所を調べることができ、金剛院は二十九番札所に選ばれていました。再興された三河新四国の札所には選定されていないので、掲げられていた「三河新四国第七十番札所」というのが何者なのか・・さらに謎が増えた感がします。


大河内氏供養塔

本堂脇には、現代の墓とは異なり、いかにも古そうな墓石の様なものがが並んでいます。

こんな説明書きが設置されており、大河内信貞、秀綱など寺津城主だった大河内氏の供養塔だそうです。関東地方の石文化がこの地方に流入したのは室町末期~江戸時代中期にかけてとあります。勝手に想像するに、大河内秀綱は徳川家康の関東移封で現在の埼玉県で代官として勤めていたそうで、当地で亡くなった後、遺灰の一部を生まれ故郷であるこの金剛院に埋葬する際に関東の様式の墓石を持ち込んだんだと思うのですが、どうでしょうかね。

大河内秀綱・大河内信貞夫人・大河内信貞

何基か横並びに並んでいますが、明らかに形状の異なる中央三基が大河内貞、信定夫人、秀綱の供養塔になります。また、そのほかの供養塔も大河内氏所縁の供養塔になり、大河内松平家の名前を見ることができます。

写真の手前数列の供養塔は、大多喜藩主の大河内松平家宗家の歴代当主の名前を読むことができます。江戸時代中期以降、この寺津辺りは大河内松平家(伊豆守系)の飛び領地だったこともあり、大河内氏の供養塔を建立しやすかったんだと思います。


長縄町の稲荷社から歴史の繋がりがあるところを紹介する企画「長縄町の稲荷社からどこまで歴史は繋がるのか?」第八回目の記事で霊場巡りが登場してきました。ただ、今回紹介している三か所の霊場すべてがいまいち詳細が分からない所ばかり・・・。

ただ、寺津を散策していると、街のいたるところに大師像や地蔵などが祀られていて、大師信仰をはじめとする仏教の活動がが非常に熱心な地区なんだなと感じ取ることができます。

そこで、次回から数回に渡って、寺津地区で参拝してきた大師に関連する寺院を紹介していこうと思います。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

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