2019年2月、サイト名を「神社のある生活って」から「あいちを巡る生活って」に変更致しました。

寺津城址(西尾市寺津町)現:瑞松寺

スポンサーリンク

寺津城

城 名:寺津城
鎮座地:西尾市寺津町御屋敷
築城年:永正年間(1504年~21年)
築城主:大河内信政
城形式:平城
遺 構:なし
規 模:「東西約四十間、南北約五十間」

訪問日:2018年5月11日

沿革・詳細

西条吉良氏の家老であった大河内氏十代の”大河内信政”が代々所領としていた寺津の地に永生年間に築城したのが始まりとされています。ただ、大河内氏は寺津を鎌倉時代から吉良家家臣として受領している為、元々陣屋がおかれていたんだと思います。

永正年間となると、吉良氏の力も衰退して今川家、織田家の圧力が強まってきた時期と重なる為、自国防衛の観点からも城塞化したんだろうと思われます。

大河内氏につきましては、当サイトの記事を参照ください。
大河内氏とは

寺津城の規模としては、石碑の裏には「東西約四十間、南北約五十間」と彫られており、寺津城の大きさを示す一つの手がかりになっています。

訪問記

国道247号線の寺津町交差点から80mほど北に進んだところに、「寺津城址」と彫られた石碑のある寺院「瑞松寺」が鎮座しています。

丁度稲荷社の鳥居に石碑が隠れてしまっていますが、ここが”瑞松寺”になります。

この瑞松寺、詳細は不明ですが、宗派としては浄土宗の寺院になります。

本堂向かって右手に寺津城址の石碑が置かれています。
石碑が右手側の木の根元に置かれたせいか、木の成長に合わせて傾斜してきているようです。

境内がさっぱりしているせいか、脇にある鎮守の稲荷社の赤い鳥居が非常に目立ちます。

この稲荷社の社が鎮座している場所は、一段高くなっていて、一説には土塁跡ではないかとの事。この辺りの地形は、国道247戦から寺津入江に向かってながらかに下っていくので、裏から見ると、正面以上に稲荷社が鎮座している部分がかさ上げされている感じがします。

境内脇の小道から稲荷社の祠を見上げてみます。道路から3mほどの高さがあります。


長縄城の城主”大河内氏”の宗家が居城したのが”寺津城”になります。さらにこの寺津城から南東に直線で500m進んだところにあった巨海城も大河内氏が築いた城だそうです。

長縄城跡

長縄町の稲荷社から始まった歴史のつながり探訪ですが、

長縄:稲荷社=長縄城-大河内氏ー寺津城-寺津:八幡社-巨海城と繋がっていく歴史の繋がりを感じて頂ければと思います。

次回は、大内氏の鎮守の神”八幡社”を参拝しようと思います。

投稿者プロフィール

成瀬晃ドクターレザーおかざき 店主
愛知県岡崎市で「かばん・くつ✚革の病院ドクターレザーおかざき」を営んでいる成瀬と申します。
史跡、神社などを巡った事をなどをつぶやきつつ、お店のブログではつぶやけないような事も書いていこうかと思っています。

コメント