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桜井山菩提寺(愛知県安城市桜井町) 桜井松平家菩提寺

2020年5月9日

令和四年新企画のお知らせ

新企画「愛知県下新十名所」

 新愛知新聞社が昭和二年(1927年)に「愛知県の新十名所を読者投票で決定する。」というイベントを実施します。愛知県下を狂気の投票合戦へと誘ったこのイベントへの投票総数は驚異の1400万票以上。また、100票以上の投票を集めた名所候補は67カ所にも上ります。2022年、当サイトではこの67ヵ所の名所を巡り紹介していこうと思います。

寺院情報

寺院名桜井山菩提寺
所在地愛知県安城市桜井町下谷八十七番地
御本尊阿弥陀如来
宗 派浄土宗鎮西派
創 建大永元年(1521年)
札 所碧海郡新四国 三十番札所
御朱印
H P〇 / web

参拝日:2019年10月4日

由緒・沿革

 大永元年(1521年)、松平信定が「桜井神社/紹介記事」の神宮寺であったが荒廃していた「桜井寺」を桜井戸の傍らに移設し父松平長親の菩提を弔う為、寺名を「桜井山菩提寺」と改称、堪譽直道和尚を開山とし浄土宗に改宗し中興開山させています。そしてこの菩提寺を桜井松平家の香華院としました。

 桜井松平家初代「松平親房」は、桜井神社に残っている大永七年の棟札によると、親房が出家し入道宗安と称していた時の名前が残っていて、更に別当慶圓という名も記されている所から、大永二年にはまだ神宮寺は移転しておらず、大永元年に作られたのは親房が桜井戸の傍らに浄土宗の草庵を結んだ年月なのではないかと「桜井村史」に書かれています。
 また「桜井村史」には享禄二年に伽藍が整備され、神宮寺は菩提寺と改称し現在の地に移ったとし、この時には松平信定が桜井城主となっており、信定が建立移転したという由緒と辻褄が合うとしています。

 実は、この桜井は浄土真宗の三河三ヶ寺のひとつに名が上げられる「雲龍山本証寺」があり、さらに浄土真宗中興の祖とも言われる「蓮如上人」と共に三河の地を訪れ、桜井小川の地に住み着いたとされる「石川家」が居城していた「小川城/紹介記事」があります。浄土真宗の三河教団の大檀那だったとされる石川家の居城があったこともあるのか、実は安城市などに合併する前の桜井村の時代寺院は十三ヶ寺あるのですが内十二ヶ寺は浄土真宗しかもすべて大谷派の寺院になります。唯一浄土真宗以外の寺院が今回参拝する「桜井山菩提寺」になり、浄土宗鎮西派となっています。松平家が信仰する宗教が浄土宗である事から、その庶家桜井松平家としての宗教も浄土宗になっています。

 現在では桜井松平家の墓石は菩提寺の境内の一角に「桜井松平家墓所」となっていますが、元々は桜井城の周囲にそれぞれ点在して据えられていたようです。享保六年菩提寺二十一代住持明譽が点在していた墓石を境内に集めて墓所としたそうです。
 また、子孫である尼崎城主の松平歴代の当主は菩提寺に毎年代参の使者を送っていたそうです。

歴史探訪

 「桜井城/紹介記事」を訪れ、その北西に位置する桜井松平家の菩提寺となる「桜井山菩提寺」を参拝します。ここ菩提寺には、桜井松平家の初代信定、二代家重、三代家次、家次三男忠廣、四代忠正、五代忠吉、七代忠頼、八代忠重、桜井氏子女、桜井氏歴代夫人の墓石と位牌があるそうです。
 桜井松平家は松平家惣領となった「松平清康」と反目するように、織田家との結びつきを強めたり、清康亡き後岡崎城を占拠したり、安祥城落城後宗家を見限り織田家に下るなどいろいろと問題を起こしていた桜井松平家ですが、三河一向一揆後帰順を許された後には徳川家康に尽くしたと言われ、江戸幕府が開幕後は大名として転封を繰り返し、最終的に尼崎藩(四万五千石)の藩主として明治維新を迎えています。

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参拝記

 桜井城址の北西の住宅地の中にあるので、すこし場所がわかりにくいかも。また周囲の道路幅が狭くすれ違いが難しいので、車で向かう場合は特に注意してください。駐車場は菩提寺の墓地横にあります。

境内入口

 「浄土宗桜井山菩提寺」と彫られた寺号標が境内入口の右手に据えられています。

 境内入口左手には「碧海郡三十番弘法大師霊場」と彫られた石柱が据えらています。

 「碧海郡新四国霊場」・・・また新しい霊場が出てきました。石柱を見ていると大正十五年に建立された様ですので、戦前までは活動していた霊場なんだろうと想像できるのですが、まったく情報がありません。碧海郡の寺院を廻っていくとまたこの石柱にであうかもしれませんね。

三十三観音堂

 一直線に並んだ状態で奉安されている西国三十三観音霊場の移観音堂です。

山門

 袖壁が設けられた薬医門の山門です。屋根には尾鰭が破損してしまっていますが「しゃちほこ」が一対のっています。

手水舎・水盤

木像瓦葺四本柱タイプの手水舎と自然石をくり抜いて作られた水盤です。

本堂

 寄棟造瓦葺平入の向拝が設けられ濡れ縁のある本堂になります。

善光寺堂

 ここ菩提寺には、村の人達が信濃善光寺本尊の等身の寸法を写し、仏師が刻んだ仏像を元に村人総出で鋳造した「善光寺如来」奉安されています。本堂横にある宝形型屋根の建物が「善光寺如来」が奉安されている「善光寺堂」であり、地下戒壇めぐりを備えたお堂なんだとか。

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桜井松平家墓所

 ブロック塀で仕切られた一画が「桜井松平家」の墓所になります。正面に歴代当主の六基の墓石が並び、その左右に桜井家子女の墓、歴代家主の墓、歴代夫人の墓が建てられています。
 正面に据えられている六基の墓石が桜井松平家初代信定から五代忠吉、そして三代家次三男忠廣の墓石になります。墓石にはそれぞれの法号が刻まれています。法号最初の院号を見るとどの墓が誰なのか解ったりします。

信定は菩提寺、二代家重は圓立院、三代家次は乾崇殿、四代忠正は廣大院、五代忠吉は本性院、家次三男忠廣は總正院

とそれぞれ彫られています。

地図で所在地を確認

寺院名桜井山菩提寺
所在地愛知県安城市桜井町下谷八十七番地
最寄駅名古屋鉄道西尾線「堀内公園駅」徒歩10分
名古屋鉄道西尾線「桜井駅」徒歩11分

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