大河内氏の本城”寺津城”と寺津の界隈を散策する。

長縄町の稲荷社で”大河内小見”と出会い、様々なつながりを感じた中から、大河内宗家が城主だった”寺津城”を目指していきます。

西条吉良氏の宿老格だった”大河内”氏が代々領有してきた寺津の地で大河内10代目”大河内信政”が永正年間(1504年~21年)に築城しています。

寺津城の絵地図が残っていてそれを見る限り、複数の曲輪から成り立った城郭の様で、当時としてはかなり大きい城郭だったと思われます。

この寺津地域は碧海台地の南端に位置し、西、南は三河湾、東は弓取川(現:矢作古川)と三方を海や川に囲まれた台地であり、枯木宮貝塚が発見した事から、縄文、弥生時代の太古からこの辺りには人々が住んでいて、文化が育まれていたんですね。

寺津城址(西尾市寺津町)

寺津城址は現在、浄土宗の瑞松寺が鎮座しています。現在では明確な遺構が残っておらず、瑞松寺の境内で本堂裏手に稲荷社が一段高い所に鎮座していて、主郭の一部か土塁の跡ではないかとされていますが・・・確証がないようです。

瑞松寺の目の前を走る国道247号線から北側を望むと、突き当りそうな感じで大河内氏が建立した”寺津八幡社”が鎮座しています。

この寺津八幡社は、足利義氏に仕え寺津の地にやってきた大河内顕綱が建久年間(1190―99年)に建立したと伝えられています。

大河内氏がこの地を納め大河内松平氏に繋がって言ったという事で、ここが大河内氏の発祥地というわけではないですが、ここで繁栄していたっという事で、”大河内氏業跡址”という石碑が建っています。

大河内氏についてはこちらの記事をご覧ください。
大河内氏とは

寺津八幡社と国道247号線を挟んで東側に鎮座しているのが、”法海山妙光寺”になります。この寺院に安置されている”薬師如来坐像”は寺津八幡社の宮司”渡辺氏”によって保管していた物で、明治時代の神仏分離政策で妙光寺に安置された物です。

この妙光寺の山門前には、三河海岸大師霊場と吉良西国霊場の石碑が建っています。よく調べていくと、寺津という地名は、寺が多く鎮座し、港があるという意味なんだとか。その昔、弘法大師もこの辺りを訪れ、船で知多半島にわたっていたんだとか。

その為なのかこの寺津地域には大師霊場、観音霊場の札所になっている寺院が非常に多く存在しているのが特徴ですね。

寺津地区に鎮座する札所に指定されている寺院を紹介していきます。

常福寺(西尾市刈宿町)

札 所:三河海岸弘法 五十五番札所
札 所:吉良西国 十三番札所
札 所:西条吉良三十四観音 五番札所
札 所:(旧)三河新四国 第二十七番札所

福生院

札 所:三河海岸弘法 五十六番札所

瑞用寺

札 所:三河海岸弘法 五十七番札所
札 所:吉良西国 十一番札所
札 所:西条吉良三十四観音 四番札所
札 所:(旧)三河新四国 第二十八番札所

願成寺

札 所:三河海岸弘法 五十八番札所
札 所:西条四国 讃岐国

福寿院

札 所:三河海岸弘法 五十九番札所

妙光寺

札 所:三河海岸弘法 六十番札所
札 所:吉良西国観音 九番札所
札 所:(旧)三河新四国八十八ヶ所 三十番札所

養国寺:北向観世音菩薩堂

札 所:三河海岸弘法 六十一番札所
札 所:(旧)三河新四国八十八ヶ所 三十一番札所
札 所:西条西国 八番札所
札 所:西条吉良観音三十四ヶ所 三番札所

金剛院:大河内氏菩提寺

札 所:三河海岸弘法 六十二番札所
札 所:西条吉良三十四観音 二番札所
札 所:(旧)三河新四国八十八ヶ所 二十九番札所

大悲院

札 所:西条吉良三十四観音 一番札所
札 所:吉良西国 十番札所


寺津地区を散策するだけで、これだけの札所に出会う事が出来ました。
しかもここに出てくる霊場は明治から大正にかけて創設された霊場っぽいのですが、現在ではほぼ忘れられてしまっているのが実情です。

愛知県三河地方の巡礼で動いているのは、三河新四国霊場、三河准四国霊場、三河三十三観音ぐらいですかねえ・・・。

当サイトでは、三河海岸大師霊場を中心に忘れられてしまった霊場巡りも行っていきたいと思います。そして、霊場巡りで参拝した寺院にも様々な歴史の繋がりが発生していきます。


さて、大河内氏が長くこの地を納めてきた事もあり、この寺津に大河内氏の菩提寺が存在します。それが、札所紹介で出てきた、金剛院になります。

西尾市の文化財に指定されている宝篋印塔が非常に目を引きます。ここには大多喜藩主の大河内松平家宗家の歴代当主の名前を見ることができます。

 

ネット上でも非常に有名なんですが、寺津地区に来たら、ぜひ見て頂きたい所が2か所ほどあります。一つ目は、札所一覧でも出ている常福寺に鎮座する大仏像です。

そして二つ目は、上記大仏像と同じ作者が造ったと言われている閻魔像

両方ともコンクリート像としてはかなり有名だったりするので、ご存知の方も多数見えるとは思いますが、実際に目にするとその迫力に圧倒されるとおもいますよ。


寺津散策を終え、さてどちらに向かいましょうか・・・。

Route1
宿老として仕えた西条吉良氏のゆかりの地へ

Route2
吉良氏と大河内小見の繋がりから吉良氏最後の戦いの地へ

Route3
今回出会った霊場巡りへ


さて、あなたならどのルートを選びますか?

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